一星龍さんの小説24-1

本文

真っ暗だった。
1cm先どころかどっちが前で、どっちが上かさえも分からなかった。
それほどに輝いていたんだ。
深夏って言う、俺の彼女は。
素直じゃないツンデレだし、口よりも手を出すタイプだし、熱血だ何だ言う若干あれな子だけど、時折見せる笑顔が…………最高に輝いていた。

暗がりを進む上で、何か明かりは必須の道具だ。
別に俺の人生が、お先真っ暗ってわけではないが、深夏がいて、随分と見通しが良くてにぎやかな道中だと思っていた。
だが、それも、暗がりという道を進む上での話。
俺のいるところは、落ちているのか、上がっているのか、進んでいるのか、戻っているのか、分からなかった。
暗くても進むことは出来る。

それすら出来なかった。

それほどに真っ暗だった。

それほどに無だった。


俺はいつもどおりでいなければならなかった。
深夏と次に会えるのが卒業後、大学、社会人と途方もない未来の話だとしても、俺はその会った時にくだらない男ではなく、深夏が好きな俺でないといけないからだ。
俺がいつもどおりなら、深夏の心配だって減る。周りの気遣いだって減る。
俺さえ、俺さえ、弱い自分を出さず、強くきりっとしていなければ、深夏の好きな俺でなくなる。
それは前向きに考えているようで後ろ向きに考えているという事でもあった。
深夏に好かれたままでいたいという想いから前に進む想いと、深夏に嫌われたくないという想いから後ろを見ないと言う想い。
真儀留先生にこう言われた。
「どんな状況になっても腐るなよ、杉崎。お前は馬鹿みたいにポジティブなのが唯一の取り柄なんだからな。そんなお前が女に狂ってネガティブになったらお前の周りから人がいなくなるぞ。」
俺はそういわれたからこそかっこいい俺でありたいと思う。
そうでなければ俺が俺でなくなる。
それが一番怖かった。
かっこいい俺でいれば、深夏はいつか帰ってくる。
それが唯一にして無二の俺の精神安定剤だった。

だが、それも結局は無駄だった。



3学期の初日。
深夏が隣にいない。それ以外は普通だった。
それが信じられないほどに憎たらしかった。
――なんで深夏がいないのにそんな笑えてるんだよ?
――たった一人、クラスメイトがいなくなったのは、お前達には何でも無い事なのかよ?
そうやっていろいろな事が頭を巡る。巡り巡って最後には怒りへと直結する。
だが、それにストッパーがかかる。
『かっこいい俺でなければ、俺が俺でなくなる。』
いつも通りにしていなければいけなかった。
苦しかった、学校が。俺が好きな空間が、いつの間にか息の詰まるいやな空間になっていた。


家はもっと地獄だった。正なり負なり、学校にいる間は俺が存在しているというのを確認できた。
家のあちこちを見る。
深夏と一緒にテレビを見て他愛のない会話をした居間。
俺が料理を作って、幸せそうに頬張っていたキッチン。
かすかに深夏の香りがする俺の部屋。
――急に目頭が熱くなる。
ああ、凄く泣きてえ。
学校なら、深夏がいなくても、その事をなんとも思わない奴がいても、会長がいて、知弦さんがいて、中目黒や巡や守がいる限りは俺はいつもどおりでいなければならなかった。
家はそうはいかなかった。
家のあちこちには深夏の思い出がある。無論それの歯止めをきかせるファクターが家にはない。
それなのに、もう深夏が一緒にいることはないと感じてしまう。
俺の弱みを、なくそうと想った弱みを削るように俺のみは壊れる。
俺はそれでも馬鹿でポジティブな奴でいなければいかなかった。
学校と家での憎みと悲しみの悪循環は、静かに確実に俺の精神を壊していった。

心を強く持たないと俺は壊れていた。
だから、俺は強くなければいかなかった。

それすらも間違っている事も気付けないまま。




そんな生活が続いて一ヶ月近くたった日のこと。
俺の精神は衰弱しきっていた。
学校にいても、何一つ好転せず。
家にいるとひたすらに孤独感に包まれる。
ただそれだけならいいんだよ。
林檎や飛鳥はこの10000倍くらいの苦しみを負っているはずだから。別にこんな事じゃ、死にはしない。
だが、深夏は? と思う。
深夏が、この俺と同じ苦しみを味わっていたら?
そう思うと、怖かった。
吐き気がする。寒気がする。ただ、怖い。深夏がこの苦しみを味わっていたら? それで深夏が泣いていたら? そう思った瞬間、思ってはいけないとわかっているのに、そう思う。
声を押し殺して、泣くしかなかった。
朝が来るまで、一睡もせずに。
寝たら、深夏の夢を見そうで怖かったから。
涙が枯れ果てたら、嗚咽感に襲われる。
肉体的にも精神的にも追い詰められる。

救いはなく

希望もなかった。



キーンコーンカーンコーン
「ふぃー、終わった、終わったあ。」
背伸びをしながらそう言う。
今日も一日の授業が終わりよっこいせと立ち上がる。
「中目黒―。一緒に帰ろうぜ。」
「あ、ごめんね杉崎君。今日はちょっと、無理なんだ。」
「あ、そうなのか?」
「うん、ちょっと用事があって。」
そのやり取りを聞いた、真冬ちゃんの毒牙にかかった女子共が
「中目黒君がふられちゃったわ!」
「そんな! 深夏もいなくなって杉崎の傷を癒せるのはもう善樹君しかいないのに!!」
「そう、杉崎君を癒すのは中目黒君のA(あ)・I(い)!!」
「エー・アイ! エー・アイ!」
「ああ、真冬ちゃんの毒牙こんなところにまで……。」
「……た、確かこの手のジャンルはBLっていうんだっけ?」
「やめて!!! そんな風に変わったお前はいやだ!!」
「いや、別にそんな変わった気はしないけどさ…………でも、僕よりも、杉崎君の方が変わったと思うよ?」
「そうか?」
「気のせいだといいけど。じゃ、僕は先に帰るね。」
中目黒は足早に去っていった。


俺が変わったか……。
うーむ、それは宜しくないな。
そう思いながら、俺は生徒会室に向かう。
その途中の会談で宇宙姉弟と会う。
「あら、杉崎じゃない。」
「よっす。」
「これから生徒会か?」
「ああ、そうだ。」
「ああ、そういえば、杉崎。知ってる?」
「な、なにがだ?」
巡ならこの空気というか会話の流れ上俺に何かしらの危害を加えてくる。そう思ったので身構えるが意外なことを巡は言い出した。
「いまの杉崎って…………………………モテ始めているのよ!」
「ま、マジかああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!?」
そいつぁ吃驚ダ! っていうか俺にもついにモテ期が!?
「元々杉崎は変態だけど、ツラは見れなくはないしね。」
「おお! やっぱ俺ってかっこよかったか!」
「まあ、珍しいもの見たさな見た目だけど。」
「そ、それもどうなんだろうか……。」
「で、そのエリマキトカゲみたいのが身だしなみ良くなっているしね。」
「え、エリマキて……。まあ、確かに、そろそろ最高学年だからそういうのにも気を使っちゃいるけど。」
「で、深夏がいないせいか、凄く大人しい。ウーパールーパーみたいに。」
「別にウーパールーパーは大人しいわけではないと思う。」
「んで、怒らないで聞いてよ。」
「内容による。」
人面魚みたいな風味を漂わせてるとか言われそうだからな。この流れだと。
「生徒会のメンバーが二人いなくなって、しかもその片方が彼女なのにそれでも健気に頑張って生きているー、と言うのに惹かれているらしい。」
…………。
ああ、なるほど確かにちょっとカチンとくる。
「俺が頑張っているのは別に深夏や真冬ちゃんはいなくなったからじゃないけどな。」
きっかけではある。
もっとしっかりしないと深夏に申し訳立たないからだ。
だけどそれは深夏のせいではないし。
まるでいなくなった事を利用しているみたいじゃないか。
「まあまあ、怒るなよ。それで女子の好感度が上昇しているんだし。」
「ほほう、でいかほどだ。」
「バレンタインのチョコの量は去年の20倍ね!!」
「うん、でも去年ゼロだからなんにしろゼロだけどな!!」
「去年私があげたじゃない!!」
「チョコじゃなくてポッキーじゃんかよ!!」
「あれも立派なチョコよ!!」
「ま、まあそれなら20個だな……。」
「そのポッキーしかもらえなかったのか。」
「言うな。」
「ま、そういう感じなんだけどさ、杉崎、ちょっと気になったんだけどさ。」
「ん、何だ?」
「…… あたし達に距離置いてるよね?」
「距離?」
「かーっ! やっぱり無自覚か。あー、いいや、今のなし。」
「いや、意味フだけど……。」
「ここまで言っても分からないのかよ。」
「む、むぅ……。」
「むぅ、言うな。」
「言ってないス!!」
「でも、まあパッと見いい男になってるから私的にはどうでもいいけど。」
「そいつは、そいつで寂しいな。」
「あはは、ばっかねぇ、杉崎。」
「な、なんだよって、うわ!」
巡にネクタイを引っ張られて顔が間近に引き寄せられる。

「寂しいのは私たちの方なのよ。」

「……………………。」
その顔と目が真剣すぎて俺は何も言えなかった。
「なんてねっ、じゃっ」
巡はそういって守を引っ張って行ってしまった。
……なんだろう、
ちょっと何だか寒いぞ。
「気温もだけどなんというか。」
そう。
二人の目がとても冷たく見えたんだ。

生徒会にいく途中だったのを思い出し俺はその場を後にした。



「ちわっすー。」
生徒会室のドアを開け、そう挨拶をする。
俺の隣と知弦さんの隣の席は置いてあるもののもうそこは一生埋まらない。
やっぱりそれが今でも心を揺するように不安にさせるがいい加減なれてきた。
「あ、杉崎。やはー。」
会長も気軽に挨拶を返してくれる。
「聞いてください、会長。」
「ん? 何どうしたの?」
「俺……モテ始めてるらしいんです。」
「…………知弦、ついに杉崎が現実を否定し始めた。」
「仕方ないから、優しくスルーが一番の方法よ。」
「そっか、じゃ、杉崎、良かったね。」
「待て待て待て待て!! どうしてそうなるんですか!!」
「だから良かったねって言ってるじゃん。」
「寸前にスルーが一番って言われた後の良かったねが寸分の効力にも満たないって分かって言ってます!?」
「だって、杉崎がモテ始めるなんて世界の終わりか杉崎の終わりのどっちか考えられないし。」
「両極端!!」
俺がモテるのはそれほど大それた事か!?
「実際キー君がモテるなんて、実はその子達ツ○ル人だったりしない?」
「じゃないです。っていうかなんでそんな俺がモテているのを拒否するんですか。」
「杉崎が……あまりにも可愛そうで……。」
会長が「うう……」と嗚咽を漏らしながら涙ながらに語る。……………………………ふりをする。
「せめて棒読みは止めて欲しいです。」
「無駄よ、キー君。アカちゃんは大根なんだから。」
「そういう問題でもないと思います。」
「で、その沼地のゾンビにモテ始めている杉崎がどうしたっていうの?」
「沼地のゾンビっておい。まあ、いいですよ、それで会長たちはチョコを渡す予定とかは?」
「んー? じゃあはい、あげるよ。」
「え!? マジすか、会長からチョコもらえるなんて……ってただのガー○の箱だけじゃないですかぁぁぁぁっ!!!!」
「じゃあ、今度ポッキーあげるよ。」
「なんだ!? 今この学校でポッキーが流行っているのか!? そうなのか!?」
「じゃあ、私は七味唐辛子をあげるわ。」
「何で!?」
「だって、甘いものの後には辛いものが食べたくなるって。」
「だからって七味唐辛子を加工しないで食べる人はまずいないと思います!!」
「でもそういえば、私も何故か知らないけど、女の子たちからキー君はどんなチョコが好きか聞かれたわよ。」
「そ、そいつは事件ですね!!」
やっぱり俺にはモテ期が訪れていたんだ!!
「だから、その子達には女の子からもらったものなら七味唐辛子でも食べるわよっていっといたわ。」
「あんたどんだけ七味唐辛子が好きなんですか!!? 中毒ですか!? もはや知弦さんは七味唐辛子中毒ですか!? 白いご飯にも常軌を逸した量をかける人ですか!?」
とはいえ、知弦さんの期待を裏切っては俺の名の廃れ。もらった場合は美味しくいただかせていただこう。
「まあ…………杉崎は甘い物好きなの? 辛い物好きなの?」
「今の文脈からは知弦さんが圧倒的に辛い物好きという事だという事が分かると思いますけど。」
「ふ~ん、杉崎一応チョコ好きなんだ。」
「会長からのだったらなお喜びます。」
「そう? あげてもいいんだけどさぁ……。」
「おっ、脈ありですか、会長?」
「…………やっぱあげなーい。」
「ええーっ」
「知弦。帰る?」
「…………いいの? アカちゃん。」
「うん、本とは私から話したかったけど……。」
「じゃあ、そうね、私から言っておくわ。」
なんか会長と知弦さんが俺の通じない話をしている。
「あの、お二方、何の話を……。」
「キー君。」
知弦さんが笑顔で、でも何か、大事な事を告げるような顔をして俺の名を呼ぶ。
「ちょっとだけ、付き合ってくれるかしら。」



知弦さんと一緒に暫くの間歩く。
とりあえずついて来て欲しいとのことだから、俺は付いていくがどこに行くのか見当もつかない。
やがて知弦さんは足を止める。
「ここは……。」
一つだけあるブランコ。歪曲も何もしていないただのすべり台。
ついた所は小さな公園だった。
この近所に住む奴なら誰でも知っている。誰だって一度はこの公園で遊んだ事があるだろう。ただ、すっかり寂れてしまい、誰も人はいない。
「ここなら、誰にも気を使わずに話せるわね。」
知弦さんはそういって公園の中へと入る。
「全く、皆はずるいわよね。」
「……知弦さん?」
「アカちゃんに泣きつかれてね、私としてもアカちゃんがあそこまで悲しむのはちょっとがっかりでね。」
「…………もしかして、俺のせいなんですか?」
「最近は顕著ね。三学期が始まったころはまだ貴方には迷いがあった。」
「迷い……ですか。」
「ええ。……私は貴方とこうして話しているのは一年にも満たないけど、キー君がどういう思考で結論に向かったかは大体予測できるわ。」
「さっきも似た様な事言われました、巡たちに。」
「貴方が、選んだ道はおそらく最善解に最も近いけど、キー君が出した答えにしては最悪解に最も近い答えね。」
「へ?」
「そして、それをきちんと伝える事が出来るのは、私だけしかいないみたいね。」
「……どういうことですか。」
「つまり……こういうことよ……っ」
バシン!!
知弦さんに思いっきり頬を引っぱたかれた。
いつも冷静な知弦さんが声を荒げている事に驚いて俺はよける事も受け止める事もできなかった。
思わず尻餅を思いっきりついてしまった。
「キー君には分かる? 私たちがどんな心境で貴方と深夏を祝福したかを。」
「ちづ、るさん?」
「分からないわよね、ええ、分かるはずがないわ!!」
知弦さんが、怒鳴った。初めて知弦さんが怒鳴ったところを見た。
それだけで放心してしまいネクタイを掴まれて見上げられてもほんとに知弦さんなのかすらも怪しく思えてきた。
「私はね、キー君。貴方みたいに一人に深く愛されるようなタイプの人間じゃないのよ。」
「なに、」
言ってるんですか、と言おうとして知弦さんの瞳に怒り以外の感情を見つけた。
「私は人とある程度の距離を保って生きていくことを徹底してきた。人によってはその態度も変わるけどアカちゃんも深夏も真冬ちゃんも。生徒会の人ならほとんど全てをさらけ出しているけどそれでも私の全てを知っているわけではないわ。」
「……。」
ぐっ
知弦さんのネクタイを握る力が増す。
「そして、その私に対してその線を易々踏み越える鈍感さ、そして心に踏み込んでくる図々しさ、」
確かに
俺は気にいった人は男女問わずその線を踏み越えるし踏み込んでいく。
それは鈍感で図々しい。
「そして、私たちを悲しませないように、自分が道化でも悪魔でもかまわないというのが、それが」
「それが貴方よ。キー君。」
私たちは。
その続きは聞かなくても痛いほど分かった。
「……そう、ですか。」
引っぱたかれた頬がようやく今になって痛む。
俺はようやく気付いた。
でも、気付いた時にはもう、こともあろうか知弦さんに殴らせてしまっていた。
「知弦さん達に、線、引いちゃってましたか。」
「私はね、キー君。貴方の事はそれなりに好きよ。だからこそ、見ていて危なっかしい。私たちのために人の道を外れるんじゃないかって思う時だってあるわ。だけど、深夏って言う貴方にとって唯一の人がいたから私は安心できた。キー君は深夏のために人間であり続けるっていうのが確信できた。」
「それなのに、それなのに、貴方が私みたいに、心に壁を作る事なんてしたら。……キー君は深夏一人と繋がってるわけじゃない。私やアカちゃんや真冬ちゃんや皆。でも貴方にひびが入ってそれを伝わせないために壁を作ってひびを自分だけに伝わせたような醜い姿は……誰も望んでないわ。」
ぽつ
ぽつぽつぽつ
頬に水滴が当たり、気が付けば雨が降っていた。
「キー君がどんなに壊れそうな心でその道を選んだかはよく分かっているつもりよ。」
「…………。」
「だけど、それはキー君らしくない。私や、皆が好きなのは、」
「…………。」
「深夏が好きなのは、もっと弱いあなただと思うわよ。」


「…………。」
パシャ
雨水を踏む音がして知弦さんは去っていく。
……弱い俺。
「弱い俺、だって?」
弱かったら後ろ向きになる。
愚痴だってはくしネガティブにもなる。
八つ当たりだって人を傷つける言葉だって無数に出てくる。
そんなの、誰だって嫌な筈なのに。
「ち……くしょ……立てない位に引っぱたいたな、知弦さん。」
冬の雨がどんどん俺を濡らしていく。
「どうしろって、言うんですか、そこまでいうなら答えも教えてくださいよ。教えたがりなんだから。」
毒づいて目元を押さえる。
「風邪、引いたら、どうしよ。」
目の奥から熱いものが出そうになりそれを必死で堪える。
泣いてしまえば、楽になる。
苦しくて悲しい自分を肯定したら、その黒い心にそまってしまう。
それが嫌だから、俺は……。
目を押さえ、
冷たい、冷たい雨に濡れていた。


あれから何時間過ぎたろう。
雨の中、何もされず放置されて。
いろいろな事が浮かんでは消え。
雲の流れは遅い、まだそれなりに続くだろう。
そして俺のこの虚脱感は終わりそうになかった。
皆に嫌われて突き放されたからではない。
ひたすらに申し訳ない気持ちが多すぎる。
一体、俺はいつから皆を苦しませていたんだろう。
一体俺は何に意固地になっていたんだろう。
結局のところ、
深夏がいなくなったせいにして悲劇の主人公を気取っていた俺に酔っていただけかもしれない。
冷たい雨に濡れ、ああ俺死ぬかもなぁ、と思い始めた時。
ここで俺が死んだら悲しむかななんて思って。
悲しませる事に凄く胸を痛めて。
そうか、これはそういうことだったのか。
そう思いながら目を閉じた。
思ったことは




深夏と初めて会った時のこと。

それがなければ、きっと俺は腐抜けたままだった。



二年前の夏。
四月に会った本の化け物のおかげで前を向いた俺がしようと思ったこと。
それは生徒会の役員になること。
当初は気が狂ったかって思った。でも俺はもう回りの人を傷つけないと決めたんだ。
傷つけないで皆が笑っていられる世界。
それを目指すために生徒会に入ろうと思った。
同学年の椎名深夏が生徒会に入っていることを知ったのもその辺りだった。
隣のクラスの女子だった。
そいつは凄い運動神経が良くて、人望も厚くて、でも少しだけ目を話すと窓の外をつまんなそうに見つめている奴だって聞いた。
一年生が生徒会に選べるのは大体一人。
それにはいる事が出来た一人だ。その時の俺の一番の目標だった。
俺はそいつと同じ高みに行きたかった。
だからこそ聞いた。
「どうしたら君みたいになれる?」って
「あたしになろうとしているヤツに、生徒会に入る資格はねえだろ。」
粉砕された。その時の俺にとってその言葉をかけられることは、ギロチン台に頭をかけられるよりも、泥水かけられるよりも、2に18782をかけるよりも酷かった。
深夏はそれで話し終えたと思っているのか、そっぽを向いた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「……あ? なんだよ、まだ何かあんのか?」
とても怪訝そうに俺を見つめてくる。てか、睨みつける。
「じゃ、じゃあどうしてお前は、生徒会に入ってんだよ。矛盾してんじゃねえか。」
「仕方ねえだろ。人気投票で選ばれたんだから。」
そりゃそうだ。人気投票で選ばれたという事はそこに自分の意志はあまり存在しない。断る権利は確かにあるが本当に断ることはまずない。つーじゃ俺の質問の方が間違ってる気もしてきた。
「つーかさ、なんでお前はそんなに生徒会に入りたがってるんだよ。気違いか?」
「気違いじゃねえよ!!!」
思わず大声をだしてしまう。
「……じゃ、何でだよ。普通男が入るなんて事考える事すらないだろ?」
確かに普通、うちの生徒会は男が入ることはまず無い。自分の容姿がそれほど劣っているとは思わないが、それでも一票すら入らないだろう。
「…… まあなんと言うか…………本の化け物言われたんだよ。」
「……何を。」
「若干俺もあれがなに言いたかったのかまだ分からないけど……。」
「なんだ、それ。」
「まあ、確かにお前がなんだっていわれるのも仕方ないと思うけど……結局はもう大事な人を、いくら苦しくても、いくら辛くても、大切なものは全部この手で守れるよう決意させてくれたなんだ。」
流石に美少女ゲームをやれと言われたとは言えないのでいくらかお茶を濁してそう言う。
「……………………くっ」
「へ?」
「ぷっ……くくく……ははははははは……!!」
「あはははははははははははははははははっ!!!!! そうか、お前ってそういうやっ……っく、ぷっ、ははははっ!!」
なんか思いっきり爆笑されてる。結構俺シリアスな感じでガチでいったのに。
流石にこうも笑われるとカチンときだしてきて、
「おい、なんで笑ってんだよ。」
「くっ……ひ、いや、ごめん。別に、おかしいわけじゃなくてさ……。」
「じゃあ、なんでだ?」
「だってさ……自分の手の中にあるもの守るって言って、それが理由で生徒会は入るならさ……あたしみたいなロクデナシも守ってくれるって意味だろ? そう考えたら、馬鹿みたいに思えて……。」
なんかやっぱ馬鹿にされてんじゃないだろうか。
俺の表状を読み取り、椎名はばつの悪そうな顔をして、
「なんだよ、別に馬鹿にしたわけじゃねえぞ。そんだけ馬鹿なこと言えるほど良い奴なんだなぁって思ったんだよ。……………………まあ、それでもお前みたいな唐変木に守られるようなことにゃならねえけどな。」
「お前、やっぱり俺のこと馬鹿にしているだろ……。ったく、ならお前が惚れるような立派な奴になってやるさ!」
「ははっ、いいなそういうの、あたし、お前みたいな奴割と好きだぜ。」
「おっ、早速惚れ始めたか!?」
「違えよ。」
「チッ」



……そっか。
あの時、深夏はとっくに俺に告白してくれてたんだな。
俺が、腐抜けてた時にその腑抜けをぶち壊して強くしてくれたのは深夏だもんな。
……………………。
でも、今その深夏はいない。
皆いなくなってそしてここには俺一人だけがいる。
冷たくなったベンチが俺をあざ笑うかのように俺の体を冷やす。

どこで失敗したんだろうか?

どこまで遡ればやり直せるんだろうか?

深夏と一緒に学校やいろんなところでで穏やかに、嬉しくて、楽しい日々を送ってたはずなのに。

ほんとに

どこまで遡れば、俺は上手くやり直せるんだろうか。

いつもそうだ。俺はいつも、周りの皆を傷つけている。
飛鳥だって、林檎だって、深夏だって。

………… また意識が遠くなってきた。
今度こそ放置されたら死ぬかもしれない。
でも、とても眠い。
俺が死んだら……皆、悲しんでくれるのかな。
ああ、嫌だ。そんなのは嫌だ。また皆で楽しく過ごしたい。
また、
皆で、
…………楽し、く
………。
……。






目が覚めたときには俺の真上には満月が昇っていた。
朧気に見るその月はとても綺麗だ。
銀色の暖かい光が思い出させる。
二人の少女の事を。
ああ、
そういや、あいつは、さよならじゃなかったな。
そんな事を思ったら酷くめまいがする。
まだ生きてるっぽいものの、凄え体が重い。
熱でもあるんじゃないかと思ったら、そりゃああるわなぁぁぁっ!!! と開き直る。
しかし、こんなにも放置されるという事は、知弦さんマジで俺を殺す気なのかな。
てっきり救急車を呼ぶか、ひっそりとどこかで見ていると思ったが、それもないらしい。
全く、先輩がいのない人だ。
こうなりゃ、自力で帰るしかない。もしくは自力で救急車だ。
だけど、体の感覚はまるでない。
そういえばあれだけ痛かった頭も、今でまるで痛くない。
ひっぱたかれた頬も痛みは消えている。
俺って存外丈夫なんだなって思い、一つの可能性について考査してみる
実は俺は既に死んでいて、これは臨死体験のかもしれない。そう思うとあながちそうかもと思えるから怖い。
もう動かないまま、誰かに発見されて、死んでて、新聞記事に載って、それで火葬させられるのかね、俺は。
その前に解剖かな?
すいません知弦さん、もしかしたら殺人犯にしたてあげちゃったかもしれません。
いや、でもこのまま解剖は困る。
俺のパソコンのHDDの中身を見られるのも困る。
っていうかそもそも死ぬのはお断りだ。
「し、ぬ……もん、かっ!」
声が出た、つまりまだ俺は生きている!
今ので正直そうとうパワーを使ったが、それでも俺は生きていた。
よし、今度こそ、
息を思い切り吸って叫ぶ。
「死ぬっもんか……っ!!」

「へぇ、どうして?」

「しまった、悪魔か死神の声が聞こえる!」
「よしっ、止めさすか。」
「て、天使様だったのですね!」
「それでいい。で? どうして死ねないの?」
「俺が死ぬと悲しむ奴らがいるんだ。それはもう大勢。」
「そんな友達いそうな感じはしないけど?」
「随分とドライな天使ですね!」
やっぱり悪魔かもしれない。
「私には関係ないし、そもそも偶々ここに居合わせているだけだしね。」
「確かに、天使さんには関係ないな……後は、そうだ謝らないといけない奴と……。」
「いけない奴と?」
「…………そっか、そうだ分かったぞ!! わははは! なるほどな!」
「もう狂ってしまったのか……なむなむ。」
「いや、狂ってない、ってかなむなむするな!」
「何よ、もう。それで、何が分かったっていうの?」
「迎えに、いく。」
「………………はい?」
「物分かりがいいふりしてかっこつけて怒られたんだよ、俺。」
「かっこ良くもないのに、かっこつけたんだ。」
「ああ、なんか余裕持っていて大人で凄い奴じゃないといけない気がしたんだ。」
「はー、なるほどね、身の程を知らなかったんだ。」
「辛口な天使さんですね。」
「だって偶々ここにいるだけだし。」
「迎えに来た天使じゃなけりゃいい。どっかで聞いた、僥倖だ。」
「それで、何を迎えにいくの。」
「そうだな、……一番遠い奴からだ。」
「えっ!? 奈落の底から!?」
「そんなに離れてねえよ!! 普通に国内だよ!」
「あ、そ。」
「やっぱり、あいつがいないと始まんない。そう、やっぱ俺って皆がいないとダメなんだ。」
「そんな、あんたの都合で迎えにいくの?」
「行って断られたら土下座だな!」
「はぁ……そんで、その人を迎えに行ってからその後は?」
「皆に謝る。そんでめちゃめちゃ相談して俺の悩みを押し付ける!!」
「随分、わがままね。そんな事したら嫌われると思うけど。」
「それで嫌われてしまったらやっぱ土下座だな!」
「……プライドはないのか! プライド!」
「……んなもん、一つだけありゃいい。」
「へえ……それは何?」
「俺が、宇宙一深夏に好かれているって自信。それが俺の持てる唯一のプライドだ。
情けない俺だからこそ持てた、たった一つの勲章だ。」

「…………いい答えよ、ケン。」


「え?」

「ほら、あんたの気持ちに答えて天使が下りてきてあげたわよ。」
「…………………………あ、飛鳥……?」
飛鳥だ、何度目を擦っても、頬をつねっても目の前に飛鳥がいる。
「内地の方に来られる前にこっち来れて良かった。」
「ど、どうして……?」
「そ・れ・は~、ふふっ、秘密。それより、ほらっ」
飛鳥が俺に手を刺し伸ばす。
何とかそれへと軋む体を動かし手を伸ばす。
「う、おおおおっ」
そして、何とか触れた瞬間。
ぎゅっと、暖かい手で握ってくれた。
「よし、『間に合ったわね』」
「飛鳥……。」
「言ったでしょ。あんたがへたれていたら戻ってくるって。」
「うっ……。」
確かにずっと前、林檎とかの問題の時に言ったような気もする。
「私がいないと本当にダメね、あんたは。」
飛鳥は満面の笑みでそう言った。
その不意打ち気味な言葉と笑顔に、完全に安心した俺は、ぼろぼろと涙を流して。
ただただ、その手をぎゅっと握った。



「ほら、寝て。」
「いや、しかし。」
「しかしもかかしもこけしもたかしもあるか。あんたは病人なんだからおとなしく看病と名のつく生体実験に付き合いなさい。」
「ああ………………………って、おいおいおいおいおいおい!!!」
「チッ、騙されんかったか。」
「お前本当に俺を看病しに家に入ったのか?」
「ん~…………半々?」
つまり半分も俺を殺す気があると。
「それに今晩寝ないと大変だと思うけど? うなされたり、タスケテーって寝言で言ったり、七つの大罪をかけられるのかもしれないんだから。」
「俺、相当酷い目に会うんですね。」
「いいんじゃないの? 今のあんたにはそれくらいで、いひひっ」
「何でお前は俺が苦しむような事になると喜ぶんだ。」
「ケンの不幸は青春の臭いってね。ま、でもここまで頑張ったのは褒めたげる。」
「ぐっ……。」
不本意にも飛鳥に頭をなでられる。なんだこれは。異常なほど屈辱的だ。
「どんな気持ちだったか話してみて。」
ベッドの脇に座って、飛鳥はそう言う。
…………なんか今更なんだが、どうも飛鳥が優しすぎる。そりゃあ憎まれ口の一つや二つは言うものの俺の知ってる飛鳥ならこのままもっと酷い追い討ちをかけてもおかしくない。
「ほら、言え。吐け、洗いざらい、有りのままに。」
まあ、でも、この部屋に誰かがいる、それ自体に凄い安心感を覚えたのも事実だ。
まあ、普段の俺なら飛鳥相手にそんな愚痴や弱みなんて見せないのに、頭が湧いてたのか、吐露してしまった。
「深夏が内地に引っ越しちゃったんだ。」
「うん、それで?」
「そんで、ものすごく苦しかったし、怒ってたし、怖かった。学校でもこの家でも深夏との思い出がたくさんあってさ。でもまだ初日は頑張れる気がしたんだ。皆を心配させたら深夏が悲しむだろうなー、と。」
「初日が何とかなって、どうにかなるって思ったんだ。」
「学校で上手くいった、とは言えないけどみんなに強がって『俺が頑張んなきゃな』って笑って言えたんだ。」
「はぁ……にゃ~るほどねぇ。」
「でも家に帰ったらそんなもの全部ぶち壊されて、ホント文字通りに絶望だった。」
「……………………ま、聞いた話だとかなり依存度があるって聞いてたけど、やっぱ凄い位だったか。」
「それは俺も思ったなあ。」
「ま、いいよ、それでどうだったの。あんたの黒歴史は。」
「黒歴史はちょっと語弊があると思うけど、まあ、いいや。」
飛鳥が淹れてくれて近くにおいてあったお茶を飲む。
「最初のころは、あまりにも気が滅入ると学校でも家でも『鍵』って幻聴が聞こえる位だったんだ。」
「うんうん、それで?」
「ずっっと、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、深夏のせいだとか俺のせいだとか、香澄さんのせいだとか照明さんのせいだとか。そういう負の気持ちがずっと巡ってきてさ。」
「良くあるよね、そうやって自分以外に責任を押し付けたがるバカ野郎。」
「ああ、俺もそのバカ野郎だったんだ。でもそれもかっこ悪いって分かってるしさ、皆にももっと俺のこと気を使えーって思っちゃったりしてさ。」
だからそうやって自分が酷い時は一日休んで自分を自粛したりもした。
皆に大きな心配も迷惑もかけたくなかった。



  • 最終更新:2010-08-26 01:06:55

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