琉颯さんの小説1

本文

「――で、あるからして…」


 夕日が差し込む放課後の教室。
 この時間には誰もいないはずのそこから、気だるそうな声が聞こえる。
 いや、気だるそうではない。実際気だるいのだ。
 何故この私が、こんな時間にまで授業をしなくてはいけないのだ。
 そんなことを考えながら、ぱらぱらと教科書を広げる。
「じゃ、P203から。杉崎、読め」
 教卓に片肘をつき、教科書を見つめる女教師は、指名したはずの生徒の声がいつまで経っても聞こえないことを訝り、顔を上げ、
「…お前は…」
 額に無数の青筋を浮かべ、立ち上がった。
 杉崎こと杉崎鍵は、机に広げた教科書を枕に、小さな寝息を立てて眠っていたのだ。
 教師はつかつかと、鍵が眠っている机へと近付き、手に持っていたチョークをぐりぐりと眉間に押し付ける。
「ん…何だ…? 眉間が、痛い……」
「わざわざこの私が、お前の為『だけ』に補習をしてやっているというのに、その目の前で堂々と寝るとはいい度胸じゃないか、ん?」
「いいい痛い痛い! 地味に痛いっ!」
「じゃあさっさと起きて、読め」
 トドメとばかりに、どこからか取り出した黒板消しをパン、と鍵の目の前で叩く。
「ぶぉっふぉ!! よ、読ませる気ないでしょう! 真儀瑠先生!!」
「ない」
「断言したよこの人!」
 ようやく上体を起こした鍵には目もくれず、女教師―真儀瑠紗鳥は、再び教卓の側の椅子に腰を下ろした。
「ほら、読め」
「どこをですか?」
「P444の、『完全自殺遂行方法』」
「そんなのが高校の教科書に載っているわけないでしょう! しかも数字が不吉すぎる!」
「…の、マイナス241ページ目だ」
「最初からそう言ってくださいよ…」
 ブツブツ文句を言いつつも、鍵は指定されたページを開き、朗読し始める。
 しかし、彼はよほど疲れているのか、次第に瞼が閉じていき……

「すぅ……むにゃ……」

 眠りの世界に入ってしまった。
 二度目のことで、もう怒る気も失せたのか、紗鳥は深いため息をつき、鍵の机に近付く。
 それから、顔を覗き込むように、机の前にしゃがみ込んだ。


 決して真面目とは言えないが、それでもちゃんと授業を受けていたはずの鍵が居眠りを始めたのは、つい最近のことだ。
 鍵曰く、ゲームに感けていたせいで生活費が足りず、夜中もバイトをしているから、らしい。
 それが今、紗鳥が彼に補習をしている理由でもあった。

「…お前がそこまで頑張らなくても、いいじゃないか」

 だが、紗鳥は知っていた。それが本当の理由ではないと。
 本当は、生徒会の雑務で夜遅くまで学校に残り、その分バイトの時間が繰り下がっただけのことだ。
 それを知った紗鳥は一度だけ、少しは休んだらどうだ、と言ったことがある。
 すると鍵は、疲れた、けれど満面の笑みを浮かべて言ったのだ。
 俺のハーレムと楽しい時間を過ごすためには、これが一番ベストな方法なんだ、と。

「……ハーレム、ねぇ」
 つ、と人差し指で輪郭をなぞる。
 鍵はくすぐったそうに少し身を捩ったが、起きる気配はない。
 それをいいことに、紗鳥はむにむにと頬を触った。
「お前が身体を壊しては意味がないだろう。分かってるのか?」
 むにむにむにむに
「お前は少し、お人好しすぎるんだ。まずはそこから治したらどうだ」
 むにむにむにむに
「………なあ」
 頬をいじるのを止め、すやすやと気持ちよさそうに眠り続けている顔を見つめる。
 よほど嬉しい夢を見ているのだろう、頬はだらしなく緩み、満面の笑みを浮かべている。
「みんな………大好きだ……むにゃ…」
「…みんな、では、ダメなんだ…」

 いつからだろう。こんなにも、彼のことが気になり始めたのは。
 最初は、頭のキレる副会長くらいの認識だった。そのはずだった。
 だが、枯野と対峙し、企業のルールを逆手に取り、碧陽学園を守ったあの時から。
 紗鳥は、自分でもどうしようもないほど、鍵に惹かれていたのだ。

「私を…… 私だけを、見てはくれないのか…?」
 彼女は今にも泣き出しそうな表情で、鍵の唇に、そっと自分のそれを重ねた。
「……っ…!」
 そこでようやく鍵は目を覚まし、至近距離の紗鳥の顔を見、唇に触れているものが彼女のそれと気付き赤面した。
「ま、まま真儀瑠先生!? ああ、アンタ、何してんですか!?」
「kissだが」
「めちゃくちゃ発音いい! じゃなくてっ! 何で――」
 そして、気付いた。

「… 何で、泣いてるんですか?」

 紗鳥の頬を伝う、雫に。

「私は、泣いてなど…」
「泣いてるじゃないですか。ほら」
 鍵は涙を拭うと、真正面から彼女を見据え、子供に話し掛けるように、優しく尋ねた。
「何か、あったんですか?」
「……私、は…」
 小さく呟き、す、と頬に手を当て、もう一度口づける。


「…一つだけ、ワガママをきいてもらえないか?」

 唇を離し、真っ直ぐに見つめてくる瞳を見つめ、言う。
 ずっと胸の内に秘めていた、言葉を。


「――私を、抱いて」



 遠くで、夜の始まりを告げる鈴虫が鳴いていた。

参考情報

2010/01/03(日) 03:10:41~2010/01/03(日) 03:12:49で2レスで投稿。
琉颯さんの生徒会の一存のエロ小説を創作してみるスレでの初作品。



  • 最終更新:2010-07-06 01:10:16

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