Kさんの小説6-2

~木曜日~

「よし、これでOKっと」
俺こと杉崎鍵は、今現在、必要最低限の荷物をまとめ、生徒会室へと向かっている。
それにしても唐突なお誘いだったな……。
木曜日という、本来は学校へ行く日の朝の空を、俺は眺めながら歩いていた。
まぁ雨が降っているので、空はビニール傘越しに見ているわけだが。
これは遊園地がどうこうの騒ぎではないのではないだろうか。リアルタイムだと、古平町では700世帯に避難勧告が出るほどだと言うし……。
何はともあれ遊園地に行く訳だが、やはり一度、碧陽で集まってから行こう、と俺自身が提案したのである。
というよりも、提案をしていなければ各々で向かう予定だったそうだ。
「さて、俺が一番乗りかな」
まだ予定時刻まで二時間はある、さすがに生徒会メンバーでも二時間前行動の律義さんはいないだろう。

ガラッ

「よう、鍵」

「…………」

バタンッ(扉を閉める音)

「おいどこ行くんだっ!?」

ガタンッ(再び扉を開ける音)

「今ここに俺が来なかったかっ? 馬鹿野郎! そいつがル○ンだっ!!」
「何……だと……っ!?」

結論、居た。

「で、どうしたんだよ。奇妙に醜く慌てて」
「副詞が非情に余計何だが」
「鍵の顔面の情景を見事なまでに描写したんだ、褒めてもらいたいな」
「軽く顔面崩壊とのお告げをされて褒め称える奴はいないと思うんですがねぇ!」
今日も深夏は、絶好調で俺を絶不調にする気満々であった……あれ?
「真冬ちゃんはいないのか? 姉妹仲良く来ると思ってたんだが」
「あぁ。真冬はラスボス戦で忙しい見たいだから、置いてきた」
「ラスボス!? また夜通しでゲームに専念していたのか……」
「あぁ『アンノウンだから時間かかる』とか言ってたな」
「しかも最高難易度っ! 遊園地>ゲームの気満々だっ!!」
まぁ、あの真冬ちゃんのことだ。ラスボスだろうが最高難易度だろうが、圧倒的力の差で勝利を掴むに違いない。
……クリアしたところで別ゲーに没頭する可能性が高いが。
「いや、そんなことよりもだな」
自然に話を傾ける。
「何でこんなに早く来てるんだ?」
「ん、あぁ……」
半目で深夏が口を開く。
「あたしさ、遊園地とかあんまり行ったことないんだよ」
「ふむ……何でだ?」
『漢』と書いて『おとこ』と読む程とはいえ、深夏も女の子であることに変わりは無い。
遊園地くらい、一度は行ったことがあるのではないだろうか。
「あたしの家、父親は幼いころに離婚しただろ?」
少し低いトーンで深夏が続ける。
「家計は決して裕福ってわけでもなかったし、何より真冬はインドア派だったんだ。あたし一人で行くなんて虚しいにも程があるだろ」
「あぁ、成程ね……俺を誘ってくれれば良かったのに」
「いや、そもそもその時期鍵とは知り合ってないし、知り合ってても誘わねぇから」
凄く冷静に拒絶された気がする、あーあー聞こえない。


「まぁ、つまりこういう事だ」
「成程、そういう事か」
「待て、今ので内容が伝わったのなら話す必要は無いけども! 何か癪だな!?」
とりあえず以心伝心という名目で言ってみる。予想は付いているのだ。
「大方『はじめてのゆうえんちでどきどきわくわくがとまらないよ』ということだと推測している」
「否定しないから子供っぽさを感じさせるひらがな表記だけ訂正しやがれ!」
深夏が怒鳴り散らす。やれやれ、これも一種の照れ隠しなのだろう。可愛いな、こーいつぅ☆

「それで?」
「ん?」
俺は首をかしげる。
「何で鍵もこんな時間に集まったんだ? 変質者なのは今に始まったことじゃないが」
「何か現在の政治の比にならない勢いで偏見を下げられている気がするんだが!?」
くっ、やっぱりいつにもましてツンツンだなうぉい。
「いや、こんな朝方に鍵みたいのがうろついていたらどう見ても変質者だろ」
「何を言ってるんだい深夏や、どう見ても待ち合わせの時間よりも早く行って迷惑をかけまいとする美少年じゃないかぁ」

「ウザい、キモい、帰れ」

「そういうストレート性に満ち溢れる言葉が実は人の心を最大限に踏みにじるんだよっ!?」
三拍子で罵倒された、もうお婿に行けないっ!
「冗談……でもないけど、まぁ冗談だ」
「居ないけど知弦さん、このノコギリ借りますね」
「早まるな鍵!? 冗談だって本当!!」
深夏が必死に俺を止めてくれた、素晴らしき愛だな。愛だと思いたい。
「さて、予習をしておくか」
「予習? 休日で遊園地に行くような日すら勤勉に励むのかお前は」
「あぁ、それはそれでたまにあるが、今の予習はこっちの意味だ」
そう言って俺は、今日行く遊園地の見取り図、行事説明の載ったパンフレットを取り出す。
「おいおい、何もそこまで気を使うことないんじゃないか?」
「お人よしかもしれないけどな。会長が例のごとく迷子になっちゃ色々と面倒だ」
六花の第五話で学習済みだからな。
「……本当にそれだけとは思えないんだが」
「さすが深夏、愛し合う者同士、心は繋がっているんだな」

「気持ち悪い 嗚呼気持ち悪い 気持ち悪い」

何故か松島や的な俳句で返された!? くそぅ、こっちだって!!

「うへへへへ うへへへへへへ うへへへへ」

「欲望全開の五・七・五だったなおい! 『へ』がゲシュタルト崩壊してるぞ!」
「最高の一句だと思うんだが……厳しいな、深夏は」
「いや、確かに今の鍵の心境を表す句としてこれ以上ないくらいの一句だったけどな!?」
……褒められてるんだか罵倒されているんだか、判断しかねるぜ。


《椎名深夏視点》

「なぁ深夏」
変質者……あいやいや、鍵が問いかけてくる。
「どうした鍵」
「二人きりだな、じゅるり」
「死ね、そして死ね」
「何その無駄な接続詞っ! むしろ接続死だわっ!」
「節操の無い言葉を発するのが悪い」
「うっ……正論であります」
全く、少しは見直したってのに、すぐこれだもんなぁ。
まぁ、そんな所も含めて、あたしがこんな気持ちになるのも仕方ないのかもしれないな。

「で、深夏。今日はどんな下着穿いてるんだ?」

ギギゴッ!!
「ウボァー!?」
前言撤回、こいつはまごうことなき変態だ。何の変哲も無く、何の疑いようも無い変態だった。
「うっく……まぁ茶番は置いておいて、だ。深夏はどのアトラクションに行きたいよ」
「それを茶番と言えるお前が羨ましいよ。んー、そうだな……これとか乗ってみたいな」
そう言って、一つのアトラクション名を指さす。
「観覧車……だと……っ!?」
「何でそんなに張りつめた雰囲気なんだっ!? しかも劇画タッチ!!」
「いや、深夏ならもっと絶叫系とか選ぶかなって」
「ジェットコースターとかか?」
「そうそう、スピード感溢れるアトラクションに乗ると思ってたんだが……深夏も結構乙女だねぇ。ふぇっふぇっふぇ」

スッ

あたしは、手刀を鍵の首筋にそっと当てる。
「すみません」
「何言ってんだ鍵、この観覧車だってスピード出るし絶叫系だろう」
「あっ、今の下り完全にスルー!? そしてスピードっ!?」
「ほら見ろ、書いてあるだろ。毎秒三回転だってさ!!」
「待てこら、それもう観覧車じゃねぇよ!? 超高速大車輪か何かだよ!?」
「いいなそれっ! 今日からこのアトラクション名前は『大車輪Verラディカルグッドスピード』にするぞ!!」
「どこの兄貴だ、どこの。また二秒縮めたらどこぞの鬼回転モーターもビックリの遠心力を醸し出すんじゃねーか?」
「お前に足りないのはッ!情熱思想理想思考気品優雅さ勤勉さ! そして何より……」
「……ゴクリ」

「……こっちのも面白そうだな!」

「この俺がスロウr……何故言ってくれないんだ、一応受けを用意していたのにっ!!」
鍵が有り得ないとでも言いたげな顔を見せ、ガックリと肩を落とす。その様はまるで、最後の最後で逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれた甲子園球児の様だ。相変わらずノリいいなおい。
しかしあのまま言わせたとなると、兄貴が二人に……これ以上は何も言わないでやろう。
「とりあえず観覧車は観覧がメインだ。それにこれはメインディッシュ後のデザートというか、シメに乗る物だろう」
「そうだな……まぁ、ラスボスは高い所が好きって言うしな」
「全く関係ないと思うんだけどね!? そしてお前はラスボスになるつもりなのか!?」
「無論、そのつもりだぜ。鍵は特別に、一つ下の階層で出てくるけどすぐにやられて主人公の決心を強いものにさせるサブ敵キャラ役をさせてやってもいいぞ」
「凄く微妙且つ重要な役だなおい!」
他愛も無い会話。なのに、いつもとは違う感覚になり、不思議と笑みがこぼれる。
やっぱ、気持ち嘘って付けないもんなんだな。

「まだ全然時間余ってるなぁ……よく考えてみれば、休日なのに何で生徒会室の使用許可が下りてるんだか」
鍵が疑問を提示する。
「まぁ、生徒会は好き放題集団だしな」
「まさか色目を使って、教職的立場の方々を……っ!!」
「それは無い、断じて無い」
全力で否定しておく。やっぱりこいつ、あたしが居ないと暴走し始めるな……。
「ホッ、そうだよなぁ。よく考えれば、ここは俺のハーレム何だし、俺以外の男にそんなことが許されるわけがないっ!!」
「自信満々の何様変態発言だなおい」
二人きりになろうが五人揃っていようが、お構いなしに変態な奴が一名、生徒会室にて長々と語っていた。


《杉崎鍵視点》

「そろそろ、知弦さんあたりがきそうだよな」
深夏がいきなりそんなことを言い出す。
「俺は意表を突いて真冬ちゃんか会長が来ると想うぞ」
「何の意表を突いたんだよ。というか、あの二人が早く来るとは思えないんだが……」
「知弦さんって、こういう待ち合わせとかには普通どおりにきそうな感じがするんだよな」
「あら、キー君は私をどんな風に見ているのかしら」
あれ、深夏の口調が変わったような。
「いやぁ、知弦さんは結構、プライベートがぐうたらな感じもありますね。何かこう、ギャップ的なもので」
あれあれ、何故か自然と敬語に……。
「……………へぇ。……………………そう」
「案外知弦さんは子供っぽかったりして……どうした深夏」
「っっっっっ!!(シュババババッ!!)」
深夏が震えるような形相で手を高速移動させていた。そんなことしてもすばやさはグーンと上がらないって。
「そんな怯えた顔しなくても襲わないってば……」
俺、そんなに信用ないのだろうか。というか、そのパントマイムが出来るカマキリが威嚇するようなポーズは何だ、深夏。

「今一度、主従関係とは何かを教え込む必要がありそうね」

ザシュッ!

きゅうしょに あたった! ▼

こうかは ばつぐんだ! ▼

「って知弦さん!? いつの間にっ!!」
途轍もない痛みのようなものを感じつつ、背後の女性に問いかける。
「深夏が生徒会室に入ってきた辺りからかしら」
「最初からっ!? 既に知弦さんはこの室内にいたのかよっ!!」
さすが知弦さん……そして敵に回すと恐ろしい。取りあえず機嫌を頂戴しておこう。
「気配の消し方が完璧すぎる……是非メタルギアの破壊にも貢献して頂きたいところです」
「いや、だからそれはあの男に任せておけ」
深夏の言う『あの男』よりも頼りになりそうなのは、然程重要事項ではない。というか、気にしちゃいけない。
「えっと、知弦さん」
どうしても聞きたいことがある故、知弦さんに声を向ける。
「取りあえずキー君の質問に答えるのは後よ」
また心を読まれているっ!?
「さっさと私への想いを全て自身の口から白状なさい、室蘭港に埋めに行くから」
「生き残る選択肢が見つからないんですが!?」
ノコギリでバラされた後、というのは予測がつくので、ここは素直に謝っておく。
「何かもうすいませんしたっー!!」
「うおっ!? 鍵が行き成り小物に!」
「キー君、私も壁陽のとても優しい先輩よ。今日一日、私の下僕になると誓えば……葬式はしてあげるわ」
「あぁ、もう生還は諦めた方が良いみたいですね」
どうやら何とかできるのは、俺の葬り方の選択だけだったようだ。
「諦めるな鍵っ! お前なら出来るはずだ鍵っ!!」
「深夏……俺の骨は、海に撒いてくれないか。私は貝になりたい……ガクッ」
「鍵が精神的ショックで天に召された!?」
「まぁ、キー君なら天国でもやっていけるでしょうね」
「俺、一体何者だと思われてるんですか!?」
「こ、今度は急に生き返った!?」
「その口聞き、何様かしら」
「申し訳ありません、ユア・マジェスティ」


「それでキー君、さっきの質問のことだけれども」
「えぇ、生徒会室に居たわけですから、深夏が来る時もずっと見ていたんですよね?」
「まぁそうなるわね」
「深夏、どんな感じでしたか? 『鍵大好き』とか言ってましたか?」
「何が聞きたいんだよお前は!?」
「深夏ならテンション高めに来たけど、一人じゃ退屈そうにしていたわ」
「そりゃそうだ。てか知弦さん、居たなら声かけてくれればいいのに」
「あら、密室に一人で居る深夏を観察するのは面白かったわよ?」
「Oh...完全に目がサディストですね」
「お前はマゾヒストだがな」
「うん、もう否定しない」
先ほどのきゅうしょにあたった攻撃で、俺は完全に目覚めてしまったようだ。
出来ることならこのまま眠りたい。
「それで深夏の話だけど……たしかに十分間くらいはずっと、キー君の席を見つめながら「……鍵」って呟きまくっていたわね」
「なっ!?」
「深夏、ここに判子押してくれ! 十八歳になるまで大切に保管しておくから!!」
反射的にポケットから副会長こと深夏へ向けて婚姻届を取り出す副会長こと俺。
「そんなことあたしが言うわけないだろっ!! というか判子なんて持ってないしっ!!」
またまた照れちゃって可愛いなコンチクショー。
「随分と仲がいいのね、二人とも」
「ですよね!!」「どこがだよ!!」
「ほら、息ピッタリじゃない」
「その通りです、夜も呼吸を合わせて互いを求め合う仲ですから」
「妄想の中とは言え、あたしのこの破壊衝動はどこにぶつければいいんだ」
「いいじゃないか。いずれはリアルな体験に持ち込むんだから」
「分かった、妄想までなら許してやる。だがあたしの出演料は二億だ」
「高っ!? それはもはや架空請求の類じゃないのかっ!!」
「そして一発殴らせろ」
「え、ちょっ、まっ!!」
「そぉい!!」
「ぐへぁっ!?」

けんの あまごい! ▼

ちのあめが ふりはじめた! ▼

ちのあめが ふりつづいている! ▼

「ちっ、知弦さん。どこまでが本当、何ですか……うっ、ぐふ……」
「さぁ、どこまでかしらね」
「やっぱり、いい性格をしていらっしゃる……」
まぁ、の後にただの気まぐれだと分かるわけだが。
生徒会室の入口付近に倒れ込んだ俺は、天井を見つめながら、どこからともなく聞こえてくる一定速度の音を聞いていた。
タッ、タッタッタッタ
ん? 何だろう。まるで……誰かがこちらへ歩いてきているような……。

ガラッ!!

勢いよくドアが開かれる。
「ふっふーん♪やっぱり会長たる私が一番乗りよね……あれ?」
眼を疑った。
ドアの近くで仰向けに倒れ込んでいた俺は、ドアが開くと同時に入ってきたピンク色の小さな生命体の足元に居ると言う事で。
どういう事かと言えば、その細く、プラチナのような光沢を放つ二本の足を伝い、絶対領域と言われるゾーンで覆い隠されている純白の布が見えるのだ。
いくら体つきが子供と言っても、それがロリの本質というもの、そんな感情を抱いても仕方が無いのである。
随分と語っているが、つまり何がどういうことかと言うと――

「すぅ~ぎぃ~さぁ~きぃ~!! って、何でいきなり最敬礼の45°になってるのよ!!」

必然的に前かがみにならざるを得ないという事である。


「ふぅ、遅れましたぁ。……って杉崎先輩何してるんですか、礼儀良く頭下げて」
「ごめん、真冬ちゃん。自分自身との決着を着けるまでは、何も言わずそっとしておいてほしいんだ」
さすがにこの状況を鮮明に伝えるのはマズイ。何がマズイってとにかくマズイ。
「自分自身との決着…はっ! 先輩、遂にNL派だった自分を切り捨て、BL派となる決心をつけようとしているのですねっ!!」
「いや、そっちとの決着はとうの昔に着けたから! むしろ始まってすらいないから、その戦い!!」
「真冬、そのケダモノに近づいたら腐るぞ」
「何その酷い言われようっ!?」
「子供を見て欲情する男をケダモノと言わずして何という」
「青少年だよ! どう見ても!!」
以前的な問題として、会長が取ってもお怒り気味である。
「誰が子供よ、むきゃ~~~~!!」
その反応がどう見ても子供と呼ぶに相応しい形容であることに気づいていただきたい。
「もう怒ったぁっ! 知弦、『10まんボルト』!!」
「ええぇっ!? ……チュッ……チュゥ…………」
知弦さん、羞恥心のせいで顔が真っ赤です。後結婚してください。
「うぅっ……キーくぅんっ!!」
「知弦さんっ!? 何だかキャラクター崩壊のお知らせっ!!」
とか言いつつ、ちゃっかり可愛い知弦さんを受け止める俺であった。

……もちろん深夏に吹っ飛ばされたが。

「取りあえず、これで全員揃ったわね」
俺の性……ごほん。『聖剣エクスカリバー』も収まってきた所で、知弦さんが会話を割って入る。
さっきまでの乱れっぷり(性的な意味では無い)もといちづちづ状態から回復した知弦さんは、すっかり冷静になっていた。
馬鹿騒ぎしていたせいで気づかなかったが、既に集合の十分前である。
やはり生徒会メンバーと話していると楽しいし、何より飽きない。
こうやって、一時間五十分があっという間に過ぎているのも、その楽しさから故だろう。
それにしても、会長が遅刻するどころか早く来るなんて……。今日は嵐だな。
「失礼ね、杉崎」
「既に三人から以心伝心を一方的に行われている件についてっ!!」
「別に心なんて読んでないわよ、視界に入ったから」
「余計酷いわっ! というか、この雨で遊園地なんて……!?」
何という事でしょう、カラッカラです。
「ほら、全員集まったことだし、さっさと行こうぜ!」
「そうだね、待たせちゃった分早く行って楽しまないと!」
余程楽しみにしていたのか、深夏と真冬ちゃんの声には嬉しさが混じっていた。
「それじゃっ、碧陽学園生徒会、これより遊園地へ出発よっ!!」
『おおーっ!!』
いつの間に晴れたのやら……。


『……………』
俺達生徒会メンバーは、現地である遊園地へ来ている。
秋とは言え、残暑にプラスされる、人の多さに比例した体温上昇は激しく、さっさと中に入って一服でもしたいところであります。
ここは某ネズミーランドとは違って有名な遊園地というわけではない。
人が多いというわけでもないが、やはり休日は多くの家族ぐるみで賑わっていた。
会長を最前、俺は後ろに尽き、列の順番を待っていたのだが……。
「うぅっ……ごめんなさぁいぃ~~~~~っ!!」
会長が泣きわめく。
というのも、会長が手に入れたチケットを家に忘れてきていたらしい。
「引換券だから、後で見せればお金は戻ってくる筈だけど……」
「どうすんだ? 今チケットを買ってから並び返したら、入るまで40分は掛かるぞ」
「真冬、もう疲れましたぁ……」
椎名姉妹は揃ってこの状況を良く思っていない。
当の会長に至っては――
「ふにふにふにふにふにふにふにふに」
「うにゃーっ知弦ぅ、やめてよぉ~~!!」
知弦さんにすっべすべの会長スキンをふにふにされておられる始末。
仕方ないか……。
「皆、少し待っててください」
そう言って、返答を待つ暇無く全力疾走する。
『?』

~五分後~

「お待たせしましたぁっ!!」
「あ、帰ってきたよ」
「どうかしたの、キー君?」
「これっ、はぁ……はぁ……遊園地の入場チケット、はぁ……です」
「これを五分で買ってきたのかよ。てか大丈夫か、さっきは『しんそく』だったが」
「真冬、先制攻撃であのダメージは酷いと思います」
「真冬ちゃん、話が凄くずれていってるから、うん」
ヤバイ、正直グッと疲れた。特に熱さのせいで。今年は人が多いのもあるが、離宮温暖化によって温度が上昇しているし、そのせいでもあるのだろうか。
「杉崎先輩、汗だくですけど大丈夫ですか?」
「正直この『にほんばれ』の中、よく頑張ったと思っているよ」
何故こんなにもボールに入れればポケットにだって入っちゃうと評判のモンスターな話が展開されるのだろう。
「真冬ちゃん……ひっ、膝……膝枕をっ……!」
「嫌です(ニコッ)」
すごくキッパリしていて清々しい。さすがだよ、真冬ちゃん。
「とりあえず、っと」
少し息を整え、ゆっくりと吐き出す。
「俺はまた後ろに並んできますんで、先に楽しんでてください」
「えっ……でもっ!」
「皆も、楽しみにしてたでしょう?」
「杉崎先輩……」
「……そうね。先に楽しませてもらうわ、キー君」
「えぇ……あ、知弦さん。会長のこと、お願いしますね」
「ふふっ、分かってるわ」
「会長さんを歩かせたら、絶対に迷子のアナウンスが流れるだろうしな」
「それどういう意味っ!?」


~さらに四十分後~

うぅ、やっと入れる……。さすがに合計で一時間以上も立ちっぱなしは応えるな。
「さて、取りあえず誰かを探すか――」

「おーい鍵、こっちだこっち!」

「美少女の声がする」
「待て、お前は声だけで美少女かどうかを判断できるのか」
おかしいな、呼びかけられた時は凄く離れていた気がするのに……。距離を詰めてきたっ!!
「今のは深夏の声だったからな」
「まっ、まぁ、声くらい覚えておいてもらわないと困るが」
んっ……?
「深夏、何か顔赤いけど大丈夫か?」
「え……あぁ、平気だ。と言いたいところだけど、熱くて死にそうだぜ」
「少し日陰にでも移動するか……。って、ずっとここで待ってたのか?」
「ふぇっ……あぁ、まぁ、うん」
深夏にしては歯切れが悪いな……。
「別に待たなくても良かったんだけどな。まぁなんだ、サンキュ」
「おっ、おぅ!」
「そんじゃ折角合流したんだし、何か一緒に乗るか――」

「お姉ちゃん、杉崎先輩っ!」

「美少女の声がする」
「すっげぇデジャヴだなっ!?」
一瞬、深夏の顔が、何時ぞやのように曇ったような気がした。
「真冬ちゃん、どこ行ってたの?」
「ちょっとお手洗いに行ってました」
「ってことは、二人一緒にいたのか」
成程。熱さにやられて、完全に真冬ちゃんのこと忘れてたんだな。
「そっか……えふっ」
ドゴァッ!!
「あべしっ!!」
「人の妹で変な妄想してんじゃねぇっ!!」
「分かったから深夏さんや、溝は……らめぇ、ガクッ」
「先輩っ、大丈夫ですか!?」
「あぁ……愛だと思えば受け入れられるさっ!」
……ってあれ。愛なんぞ込めてないわ、的なツッコミが来ない。
深夏はどうも、この前のプリント回収の日からおかしい気がしてならない。
一度聞いて……いや、やめよう。生命エネルギー的な意味で。
すると、真冬ちゃんも姉の深夏を心配そうに見ていた。このままの雰囲気は気まずいので、取りあえず何か言ってみる。
「というか真冬ちゃん、その格好寒くない?」
「どう見ても普通何ですけどっ!? この蒸し暑い夏場に、真冬を生温くなった冷凍ジェルにでもする気ですかっ!?」
「だよね。じゃぁその格好、暑いんだ?」
「……まぁ暑いですけど」
「さぁ脱ごう!」
バシュン!!
「オウイエスッ!?」
「何という誘導っ…!!」


「さて、取りあえずこのスプラッシュマ○ンテンにでも乗ろうか」
「ここって本当に無名の娯楽施設なのかよ。ってか、それは断るっ!」
「えーなんでなんで」
初手から拒否されてしまった。大丈夫、ネズミーランドとは違う代物だと信じているからっ!!
「真冬、絶叫嫌いじゃないですけど、お姉ちゃんってもしかして苦手?」
「って、真冬ちゃんは遊園地に来たことが無いんじゃなかったのかい?」
「来たことありませんけど、スピードには慣れているので」
そうだね。この子、普通じゃないもの。
「そんで、深夏は絶叫系、苦手なのか? 深夏だって遊園地は初めてとか言ってたじゃないか」
「まぁな。苦手って訳でも無いが、スプラッシュと名の付くアトラクションは危険だと言う事だけは知っているからな」
「ふぇっ、何で?」
「ヒント:ずぶ濡れ」
「……あっ!(///」
「えふっ、えふっ」
チュドーン!!
「イ゙エ゙アアアア!!」
「反省の色は無し。心配すんな鍵、鮮やかな血の色に染めてやるから」
「命だけはっ!! 遊園地という誰もが笑顔で楽しく過ごせる筈の施設内で生を失うことだけはっ!!」

「嫌ぁああああああっ!? 知弦ぅううううううううっ!!」
……何か聞き覚えのある声が絶叫として響いてた気がするが、そんなことは無かったぜ。
「あれ、面白そうですね。真冬乗りたいです」
そう言って真冬ちゃんは、その細く、それでいてしっかりと形のとれた白い指で対象を指す。
「………真冬ちゃん、正気かい?」
「なっ!? 先輩に言われたくないです! 真冬はいつだってBLに魂を捧げる覚悟で迅速に行動している清純派の女子高生ですっ!! 正気ですっ!!」
「うん、明らかに正気じゃないね」
世間はそれを『腐女子』と言います。
「皆、間違ってます!」
「その前に自分の間違いに気付こうよ! 世間一般の道的な意味で」
いきなりの路線変更にツッコまざるを得ない。
「まぁBLうんぬんはスルーするとして、あれはさすがに願い下げかな……」
「何でだよ鍵! あれすっげぇ面白そうじゃんかっ!!」
深夏、そのとびっきりの笑顔で一緒のお誘いは凄く嬉しいのだけれどもね、うん。

よく分からないが、兎をモチーフにしたと思われるキャラクターのゴンドラが――

「あのスピードには物理法則もビックリだよおおおぉぉぉおおおぉぉぉぉおおおおおおっっ!!」

ジャンボジェットレベルのスピードで回転していた。

『あれのどこが速いんだ?(ですか?)』
「君たちなら陸上選手としてオリンなピックに出ることも容易いだろうねっ!!」
これはあれかっ!? ピ○チュウジェットが『ボルテッカー』使えるみたいなルールなのかっ!?
二人の視力は、剛速球とハイスピードゲームによって鍛えられたに違いない。
とんでもない化け物姉妹(美少女的な面でも化け物)を相手にしていたようだ。
「よし、乗ろうか。どうせもう長くない命だ……」
知弦さんの下僕的な意味で。
「えぇっ!? 杉崎先輩もう余命が少ないのですかっ!?」
「真冬ちゃん……心配、してくれるのかい?」
あぁっ真冬ちゃん、やっぱり君は俺の天使さ、エンジェルさ、ミカエルさ――

「先輩っ! 居なくなっちゃう前に真冬の欲しいものリストに載っている物、買ってください!!」

「サタンだぁぁぁああああっ!!」
それは、天使のような笑顔を振りまく、小悪魔であった。
「金かっ! 金が欲しいのかぁっ!!」
「鍵が自棄になりだしたっ!?」
そう。俺は、見た目は真っ白な天使でも中身は真っ黒な悪魔に、踊らされているに過ぎないんだ。
「深夏、妹に一体どういう教育をなさっていまして?」
「人並みには。ついでに鍵に対する言動にはミジンコ以下にするよう訓練しているぞ」
世間はそれを『洗脳』と言います。
姉妹揃って異常なまでの差別化に、全くもってリアクションし辛い。
でも大丈夫、上を向けば涙は零れないんだぜ?

…………グスン


「鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵鍵は敵」
「杉崎先輩は………敵…敵っ! 敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵っっっ!!」
「また深夏が心外な呪詛の言葉で真冬ちゃんを洗脳し始めたんだがっ!?」
「事実だからしょうがない」
「何その軽いノリっ! ノンフライ製法ポテトチップスよりも軽いっ!!」
「あたし個人としては、ポテチはコ○ケヤの梅が好きだな。酸っぱい感じのムーチョも含めて」
今、飛鳥レベルで話を逸らされてしまった気がする。
「そうだね。コイ○ヤの梅はおいしいね深夏」
「そうだな、鍵。お前の顔も、言ってくれればすぐに梅干しにしてやるのに……」
「そんな物騒なこと、言ったと同時に逝ってまうわっ!!」

「別に顔が梅干しになっても、鍵は鍵だろ」

「無理やり感動路線な言葉持ち込んで殴ろうとするの止めてもらえませんっ!?」
ハーレムを目指す俺にとって、顔が梅干しになることは絶対に避けたかった。ここだけの話だけど、実は俺、主人公なんですよ。
「うほぁあっー!!」
「どうした、厳選された最高級の梅干し(あたし基準)」
また何か凄い名前で呼ばれた気がする。それどころじゃないんだけどね。
「深夏、真冬ちゃん。あれに入ろうか!」
『あれ?』
椎名姉妹が不思議そうに尋ねてくるので、分かり易く対象へ指を指した。
『お化け屋敷か……(ですか……)』
「そう、化け物屋敷さ。カップルが入るのは法律なんだぜ?」
「何ですかその法律っ!? 真冬は知らないですっ!!」
「第一、三人で入るのに『カップル』という表現は正しいのか?」
一気に否定された。何がとは言わない。
「あー……真冬少し休んでますから。杉崎先輩とお姉ちゃん、二人で言ってきてください」
いきなり真冬ちゃんがお休みを申し出る。
「真冬、実の姉をこんなゲテモノ野郎の毒牙にかけようとするべくの発言かっ!」
「ゲテモノっ!?」
「疲れたなら休んでてもいいが、この口から濃硫酸を放出している野郎と二人きりってのは簡便して貰えないか」
「こいつぁとんだダークマター扱いだぜっ!」
主人公が闇のブツだなんてとんでもないことだな、うん。
「ははっ、冗談冗談♪」
それなのにこの笑顔ときたら、何もかもがどうでもよくなりそうな程輝いてやがる。
………ハッ!? 視線っ!!
さり気なく眼球をフル回転させ、360°を見渡す。………真冬ちゃん?
(先輩、お姉ちゃんと一緒に行ってもらえませんか?)
(いや、それはいいけどね真冬ちゃん)
(言いたいことは分かります。でも人ごみの中で疲れてしまって……)
(早朝からアンノウンのラスボスに挑むからだと常々思っていますが何か!)
(返す言葉もないです)
(取りあえずベンチで休んでてよ。深夏は俺が上手く丸めこんでそのまま淫らな関係になってくるから)
(取りあえずベンチで休んでますね、ニコッ☆)
(あぁっ! 敢えて触れないという斬新な対応っ! どこの策士だっ!!)
(真冬の策は、百九式まであるのです)
(策に式があるのっ!? それ以前に百八式超えてるからねっ!?)


「しっかし、このお化け屋敷は結構凝ってるよな」
列に並んでいる最中、深夏に話しかける。
因みに、眼球は頑張って直した。いや、治した。
「まぁこのデカさといい、設定といい、評判良いらしいぜ」
パンフレットを見ながら、深夏が応答する。
このお化け屋敷は非常に長く、最低でも20分と言ったところだろうか。
とにかくそのせいで列はあまり進まないのだが、もう暫くすれば順番が回ってくるだろう。
「深夏は、お化け屋敷とかは平気なのか?」
「あたしを見くびってもらっちゃ困る」
「成程、恐怖心に耐性有りと……非常に残念だ。主に腕にぎゅっと抱きついて「きゃあっ!?」なシチュエーション的な意味で」
「してほしいのか?」
「えっ、ちょ、してくれるの!?」
今日の深夏は大胆な気がする――

「あぁ、力いっぱい握って骨が粉末状になるまでぎゅうぎゅうしてやるよ♪」

ような気がしたけどそんなことは無かった。むしろ別の方向で大胆だった。
何という殺戮兵器S-372。可愛い顔してバミューダトライアングルを仕掛けるつもりだ。
「生憎、まだこの腕を失うわけにはいかないんだ!」
「どうせ使う機会も無いだろうに……」
「いや腕だからねっ!? 腕という人において欠かせないパーツを使う機会は毎日の中にありふれているからねっ!?」
「……………」
「やめてぇっ! そんなダメなメロンを見るような目でこっちを目視しないでぇっ!!」
ジト目には慣れていたけど今日はWA☆KEが違う。精神的(ついでに物理的)に追い詰められる。悪い気がしないのは何故だろう、やっぱり俺ってマゾヒ――

[では次のお方、お入りください]

ストップ。遂に順番がきたようだ。腕が粉骨として消し飛ばなくて良かった……。
「行くぞー、鍵」
「へいへい」
渋々と返事をし、深夏と共にいざ行かん、妖の地っ!!

[それでは、数々のトラップを心行くまでご堪能あれ]

今トラップって言わなかった!? 行き成りお化けが現れないような雰囲気醸し出しちゃってますよね!?
「結構面白そうだな」
「色々とね……楽しみだよ、深夏の反応が」
「あんまり期待してると、後悔するぜ?」
「まっ、美少女と二人きりでお化け屋敷ってのもいいもんだ、それだけでお勘定だよ」
「ごちそうさま」
「……奢れと?」
「こういう施設内の飲食品は高いからな、頼んだぜ!」
「それ理由になってないよねぇっ!? 間違いなく高価なものを買わせるという俺の良心に付けこんだ嫌がらせだよねぇっ!?」
まぁ、深夏のお願いなら、財布がスッカラカンになろうとどうという事は無い。
元々俺のハーレム達を楽しませるためにあるようなもんだからな。
俺は逆ヒモ王になってみせるぜっ!!


「さぁ深夏。手を繋いで、俺と一緒に歩もう! この愛の道を! 何処までも続く道をっ!!」
「どっせーい!!」
「ふぬぉおおぉぉぉぉおおっ!?」

その時俺に電流走る。

これが……ライジング……エア…………ガクリ。
「鍵。手、繋いでやってもいいぞ」
死亡ルート直結の道に分かれ道がやってきた。
「え、マジで!? マヂで!? わーいわーい――」

「第一関節に、別れの挨拶は済んだか?」

わーお。お引き取りください。
第一関節だけなところが更に追って酷かった。
取りあえずはこのお化け屋敷に対する深夏の反応を存分に味わおう。

「嫌ぁぁぁああああっ!? ほっぺふにふにしちゃだめぇぇぇええええっ!!」

「あー、何だ……今のって、あれだよな」
俺が尋ねると、どうやら深夏も、この声について分かっていたようだ。
「あたしは今の悲鳴の人物、そしてその悲鳴の元凶である人物にとても心当たりがあるんだが……まぁいいか」

しかし深夏以外にも二巡目をスルー。

「んじゃ、行くか!」
「おっ……おぅ!」
しっかし、真冬ちゃんもくれば良かったのに……。
そんなことを考えつつ、It's如何なる時にも霊が出てきても良いよう、ブルーでスリーな方の物真似をしながら歩く。
「……そこのジャッキーなチェン。あたしから30m離れて、尚且つ他人のフリをしてくれ」
「待て待て待て待て、これは愛しい俺の深夏を敵から守る動作なんだぜ?」
とか言いつつ、声を出しながら進んでゆく。
ホァタッ!!フォゥッ!!ホォォオオオッ――

ヒュンッ!!

「ホァッー!? なっ、何か飛んできましたぜ!?」

[HAHAHA★踏み入れた瞬間から奏で始める、常に死と隣り合わせの恐怖と絶望の協奏曲ッッッ!!]

ヒュンッ!!

「うおっ、あぶねぇ(ドゴアッ!!)」
イントロで終わった。恐怖と絶望の協奏曲(笑)
「中々のスピードだ……こりゃ、ラスボスが楽しみだぜ」

深夏、無法のラスボス単騎。

先ほどまでのハイテンションなアナウンスが、無残にも散らばったセット用カラクリを見て口をアングリーさせている様子が目に浮かぶ。
知ってか知らずか、深夏はガシガシと前に向かって歩いて行く。
いやはや、頼もしい限りです。そしてお化け役の皆さん。勿論本物のお化けの皆様方も。

全力で逃げてください。


《椎名真冬視点》

ふぅ……。昼夜逆転の生活を繰り返すのは良くないと、改めて思い知りました。
アンノウン恐るべし。
……とか何とか言ってられる暇もなさそうですね。
実は私が二人きりで先輩とお姉ちゃんを行かせたのは、観察の為でもあります。
お姉ちゃんは……どこかで、杉崎先輩を別の心で捉えているような面がありました。
妹として、ちゃんと姉の気持ちに気づかせてあげることが必要です。
やっぱり真冬、冴えてます! 今日は策士、真冬せんせ~になる時ですっ!!
……と言っても、あの調子じゃ杉崎先輩の骨がすべて粉末状となり、海にばら撒かれるのは目に見えてますね。南無南無。

「なぁ鍵、何をそんなに怖がってるんだ? 自分から誘った時も乗り気だったじゃねぇか」
「あぁそうともさ……だが俺は今、このお化け屋敷という館の中で途轍もない恐怖を感じている。今ほど先の自分を憎んだことはないよ」
「いや、だから何で怖いんだよ。こんな白い布来た奴等、追い払っちまえばいいのに」
「お化けはいいんだよお化けは。一番怖いのは俺の目の前を歩き、そこそこ俺と仲良さ気に話しかけてくるツインテールの美少女なんだが」
「おいこら。該当する人物に心当たりどこか物理的にも当たりがある気がしてならないんだが、この気持ちを拳の乗せてお見舞いしてやろうか」
「言葉通り、お見舞いされてお見舞いされる側になるんですね、わかります」
「えー嫌だよ、面倒くさい……」
「いや来てくださいねっ!? せめて天国送りになる一歩手前程度の力でもいいから来てくださいねっ!?」

おぉっ!? 何だか二人がいいんだかよくないんだか分からない雰囲気にっ!!
……なってるような、なっていないような。

「おい鍵。あの骸骨、シリコンだぜ!」
「平然と人の緊張感をゴッソリ削ぎ落とすのやめてもらえません!?」
「ぇー」
「あからさまに理不尽みたいな訴えかける目しないで! 実際理不尽なのは間違いなくこっちだからっ!!」
「だってお化け屋敷って、驚かせ方の仕掛けやらトリックやらを解き明かす施設なんだろ?」
「どこの名探偵だっ! 違う、果てしなく違うよその解釈っ!! 会長とただの高校三年生ぐらい違うよっ!!」
「はいはい。悪ふざけはこのくらいにするよ」
「うっ、うむ。悪ふざけなのかすら分からなかったが……まぁいい」

さすがお姉ちゃん……我が姉ながら途轍もない恐怖を感じます。
こんなことができるのは杉崎先輩だけという所を見ると、やっぱり特別な存在として見ているのでしょうか……。

「おい鍵。下から来るぞ、気をつけろ!! 飛んでかわすんだっ!!」
「おぅよっ! どぉっりゃぁあああああああああああああ――」

ゴツッ!!

「ぁああああああああああああああっっっ!! 後頭部から脊髄がものすごく痛いぃぃぃいいぃいいいいっっっ!!」

痛烈な悲鳴が聞こえます。
どうやら"こんなこと"が出来るのは、杉崎先輩だけみたいですね。無論そっちの意味で。
しかしスルー。これが真冬のジャスティスですっ!!


「おのれ深夏……図ったなあああぁぁぁああああっ!!」
良く考えれば下から来る訳が無いのですが、先のスカイアッパーのせいで下への注意が上がっていたのでしょうか。
「ふっふっふ、あたしを見くびってもらっちゃ困ると言った筈だ」
「凄く注意深く接していたと思うんだけどね、うん。何というか、無駄な注意だったみたいだよ」
「あれっ、もう出口じゃんか」
「マジか……確かに怖かったぜ」
「そうか? 何からしい化け物も何も出てこなかったが」
「深夏とお化け屋敷がとてもミスマッチだと言う事だけは分かったよ!」

……ハッ!?真冬も二人の観察をしていたせいで、全く覚えてないですっ!!
取りあえず、二人と合流します。

「お姉ちゃん、先輩、お帰りなさい」
「おっ、ただいま。真冬ちゃん」
「ただいま、真冬」
それは、ただの錯覚だと思って。
それでも、考えるたびに確かなことだと思い知らされました。
きっとお姉ちゃんは、気持ちを有しているのに、それを完全に踏み切るキッカケに辿り着けていないのだと。
それにしてもこの複雑な感じは……何なのでしょうか。
うぅむ……むうぅぅ……。
「…………」
「どうした? おーい真冬?」
「あっ、あそこに凄く濃密な内容が描かれたBL本が落ちてるよ真冬ちゃんっ!」
「ふぇっ!? どこですかっ!!」
「あたしの真面目な心配を返せ真冬。利子付きで」
あぅ。お姉ちゃん、怖いです。
「とっ、取りあえず。次はあのアトラクションに乗りましょうよっ!」
「あ、話逸らしやがったな、真冬!」
「まぁまぁ、次のアトラクションでは、必ず二人の乙女modeを引き出してみせるぜ!」
先ほどの落胆状態から一変、変わり果てた姿(内面的な意味で)で張り切りだす杉崎先輩。
「んなもん無い。そして何故そこに拘る」
「満足……。満足、できねぇよ」
「サティスファクション!?」



  • 最終更新:2010-09-27 18:12:51

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