Kさんの小説6-5

そんな雑談から約五時間。
藤堂家の姉妹は、一体何をしに来たのか、リリシアさんは何かをメモし、エリスちゃんについては、真冬ちゃんからたらふくとソーダ飴をかすめ取り帰って行った。
皆交代でゲームをやったり、会長と知弦さんが何かえっちぃ状態になっていたり。深夏が真冬ちゃんを押し倒していたり。俺は深夏にふっ飛ばされたり。
俺が不憫なのは言うまでも無いが、とても充実した時間を過ごすことができた。
それはいいのだが……今日は、お泊まり会という大型イベントだ。
だからまだ、時間はたっぷりある。それなのに、会長はともかく、知弦さんや真冬ちゃん、そしていつも元気に熱血な深夏すらも、どよーんと沈んでいた。単に疲れただけだが。
とりあえず、空気を変えようと口を開く。

「誰も何かしようとしませんね……。えーっと……じゃぁ、俺の小話でも」
「小話? どうせロクでもない話でしょ?」
「いえ。身も心も温まる、一分間のエロイイ話です」
「ロクでもないどころか、とても哀れな話だった!?」
「えー、駄目ですか?」
「モ○チッチのように親指を咥えるんじゃない!」
「モン○ッチって可愛いですよね、会長には及びませんけど」
「うっ……し、仕方な……いやいやいや、駄目よ! そんな話はしちゃいけませんっ!」

『チッ』

「皆って、生徒会長を虐める為だけに選抜された、生徒会役員という皮を被った組織何だね……というか、杉崎のエロイイ話でも良いの!? そんなに暇!?」
何だか会長が、絶望色に染まっていた。といっても、頭はクリムゾンのようだが。
すると、知弦さんが「じゃぁアカちゃん」と、空気を帰るべく、動き出した。
「一つ、なぞなぞを出すわ」
「おぉっ! さすがは会長を語らせれば右どころか左にすら出る者はいないと言われる知弦さんっ!!」
「キー君がね」
「いきなり他人任せっ! だがそれがいいっ!」
「えー……杉崎がなぞなぞ出したって、張り合いがないよ」
「張るもの、無いですもんね」
シパァン!
「ひでぶっ!?」
「うぉおっ! 会長トルネードビンタが決まったぁあああああああ!!」
「トルネードの意味は知らないが、とにかく凄い技なんだな」
ビンタされた左頬をさすりながら、なぞなぞを考える。会長には何を出しても、超難問なのではないだろうか。
「この私の、会長トルネードビンタを食らったものは……臓器がトルネード現象を起こすのよ」
「その話題まだ続いてたんですねっ! そしてエグいっ!!」
「杉崎先輩っ! 真冬は、まだ、先輩に死んでほしくないですっ!!」
「真冬ちゃんっ! あぁ。なんだかんだ言いつつも、君はやっぱり見た目通りの天使なんだねっ!!」

「まだ……まだ、中目黒先輩との薔薇色の絡み合いを、見ていませんっ!」

「さて、会長。なぞなぞ出しますね」
「無視っ!? 何だか最近、真冬のBLネタに対する先輩の態度が、無視一択で固定されているような気がしますっ!!」
「鍵。真冬は、下手に刺激しちゃ駄目だぞ」
「あぁ、分かっているよ、深夏。真冬ちゃんには、真冬ちゃんの人生があるもんな」
「鍵……お前、そんなにも真冬のことを……」
「いやいやいやいやっ! お姉ちゃんも、感動路線で締めようとしてないっ!?」
「結局、なぞなぞは何よ……結構楽しみなのに」
「? 何か言いました?」
「なっ、何でもないわよっ!」


「と、言う訳で……」
息を大きく吸い、四人を見渡す。
「第一回 碧陽学園生徒会! なぞなぞ大会を、開催致しますっ!!」
『Yahoo!!』
「えぇっ!? 何このエキサイト状態っ!?」
某大型検索エンジンのような声援と同時に、パチパチと拍手がなる。つっても、会長を除く三人の拍手だが。
「ルールは簡単! 俺、知弦さん、深夏、真冬ちゃんの四人がなぞなぞを繰り出し、会長に解かれなければ勝ち!!」
『(本当に、簡単……すぎるっ!)』
「うっ、何か今……皆に馬鹿にされたような……」
会長が何かを直感したようだが、気にせず俺は続けた。
「尚、会長に分かられてしまった場合、罰ゲームとして俺のハーレムの一員となる(ヒュンッ)と思いきや、千円のペナルティが与えられます」
会長のトルネードビンタが飛んできた。おっそろしいなぁ。
「結局罰ゲームなの? ペナルティなの?」
「おい鍵。それじゃ微妙すぎねーか?」
「そうだろうか……よし、それじゃぁ変更」
「何だか杉崎先輩が、会長さんに見えます……」
失礼な。非常に失礼な。
「今日はお泊まり会ですし、負けた人には椎名姉妹と共に、家の片づけをやってもらいます」
「さりげなくあたし達の家、汚いみたいな言い方されてないか?」
「……真冬は悪くないです。悪いのはきっとお母さ――」
「うぉっと真冬、それは禁句だ。今家に居ないといっても、あと後誰かさんに陰口でもされたらたまったもんじゃない」
「まぁ、あれだ。泊まる訳だし、俺、会長、知弦さんには寝る場所が必要だろ? ダブルベッドとベビーベッドを一つずつでも妥協するぞ」
「ベビーベッドっ!? 要らないよ!」
「鍵、お前妥協する気全くねぇだろ。つーか、さりげなく知弦さんと一緒に寝ようとすんな」
「あら、私は別に構わないけれど?」
「ひゃっほぅ!」
「えぇっ!? 知弦、ついに自棄に……」
「アカちゃんに言われたくない言葉ランキングの上位が飛び出したわね」
「む、むうぅ……」
会長が、可愛らしく頬をふくらます。
「キー君。今夜は、熱い夜になりそうね」
「ですねっ! 非常にエキサイティングな夜を期待しますっ!」

「その翌日、冷たい身体となって発見された男性の死体が……」

「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
「私の初めてによって、血が流れるのよ」
「俺の血ですがねぇ!」
ちょっと宜しい雰囲気に包まれたと思いきや、例の如く黒いオーラを漂わせている知弦さんであった。


「コホン。まぁとにかく、適当に布団さえ出していただければ問題ありません」
「でもそれ、家がエロゲだらけな杉崎が言うの……?」
「言います、ビシッと。もちろん、全て分からなかった場合、会長にもやってもらいますからね」
「えぇっ!? 私はゲスト的な立場だったんじゃないの!?」
「……残念ですが、ゲストだからと言って、優遇されるとは限らないのですよ」
「でもでも、私は会長だよっ?」
「ははっ。それでは、始めましょうか」
「苦笑したっ! いくら私への返答が面倒だからって、その三文字で終わらせるのは酷くないっ!?」
「あぁ、ごめんなさい。生徒会長(苦笑)」
「間違ったことは言ってないのに、何故か馬鹿にされた気がする」
「…………」
「え、ちょっと……杉崎? 皆?」
『…………』

「何か言ってよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「知弦さん、準備出来ましたか?」
「キー君って、アカちゃんにはさらっと酷いわよね……」
「ですかね」
「えぇ」
「…………」
「…………」
「おい深夏、なんか考えたか?」
「話題を変えず対象を変えたっ!? キー君……恐ろしい子っ!!」
「あたしは決まったぜ。真冬は――」
「これは……杉崎先輩と中目黒先輩の絡みを描いた秘蔵の『らくがきちょう』じゃないですかっ!? こんな所にあったなんて……ふふふ」
「そのジャポニカ精神を貫いてくれ」
「深夏……俺ね、ハーレムという思想を、考え直すべきなんじゃないかと思えてきたよ」
「それは色々と嬉しいようで嬉しくないが、あれだ……こんな姉で、すまん」
「ははっ、気にするな、深夏。神様は……乗り越えられる試練しか――」
「杉崎、呼んだ?」
「行けるっ! 行けるよ、俺! 深夏、俺多分乗り越えられる気がするよっ!!」
「あぁ、あれ(神様)ならいける。鍵、頑張れ!」
「おぅっ!!」
「(何なのかしら、この子達……)」


出題者全員が問題を決めた所で、順番を決める。
取りあえず順番は、深夏、知弦さん、真冬ちゃん、俺という結果になった。
「俺の出番が回ってくることは、歴然としていますね」
「それどういう意味っ!?」
「さぁて、さっそく行くぞ、会長さん」
「ふ、ふふふ。来なさい、副会長っ!」

「これからするボードゲームは、何でしょう」

『…………』
これは、深夏の問題に対する沈黙ではない。
問題を出している間、別の出題者が喋ることは厳禁なのだ。
が、俺達にはアイコンタクトがある。早速、知弦さんとコンタクト開始。

《杉崎鍵がloginしました》

《紅葉知弦がloginしました》

(……これは、簡単ですよね)
(そうね。でも、アカちゃんにとってはどうかしら?)
(言わずもがな、東大入試レベルでしょう)
(ふふっ、一体どんな珍回答が飛び出すのかしら。楽しみだわ)

《椎名深夏がloginしました》

(おいおい、二人だけで何だか楽しそうなことしてんな)
(おぅ、深夏。これは無難な問題をだしたな。ボードゲームというヒントは、さすがとしか言いようが無い)
(難しすぎても、なぁ)
(それは一理あるわね。アカちゃんが落ち込まなければ良いけど)
(そうですね……ハッ! 侵入者!?)

WARNING!! WARNING!!

《椎名真冬がloginしました》

(パターン真冬、使徒です!)
(いや、それは単に真冬なんじゃないかな!?)
(いや、使徒だ!)
(お姉ちゃんが、妹を使徒呼ばわりしますっ!)
(まぁ、あながち間違っていないんだけどね……って、会長が動きませんよ)
(あの難しそうな顔、何だかゾクゾクしてきたわ)
(そっ、そうですかね……? 後真冬ちゃん、好きだよ)
(何故このタイミングでっ!?)
(おっ、会長さんがなんか喋るぞ!)


「ふっふっふ、分かったわ!」
『!』
自信満々という感じの目で、立ちあがり、会長は高らかにこう言った。
「麻雀よ!」
『(何故だぁあああああああああああああああああああああああああ!!)』

因みに、正解は囲碁。これから=以後なので、答えは囲碁だ。

「何でだよっ! 何で紙一重レベルでかわしちまうんだよっ!?」
「えぇっ!? だって、パ……コホン。父上が言ってたもんっ!!」

(今、パパって言いかけたよな)
(え、えぇ……言いかけてたわね。実際、アカちゃんの家に言った時はパパだったけど)
(しかも会長さん、言い直そうとして空回りしたな。父上だってよ)
(父上は……ないと、思います)
(これだから、会長は可愛いんだよなぁもう)

「ちっ、父上がね『ふぅ、振り込んじまったか……けど、やっぱ面白れぇ。"これ(だ)から"麻雀ってのは、止めらんねぇなぁ』って、言ってたような、言ってなかったような」

(これから、じゃなくて、これだから!?)
(しかも何だ、会長さんの親父さん……すっげぇハードボイルドな雰囲気プンプンするんだが)
(ある意味で、アカちゃんがあぁなったのが理解できたわ)
(今のところ、会長さんだけ、過去のフラグがありませんでしたが……なるほど、そういうことですか)
(真冬ちゃんの考えていることは全く分からないけど、少なくとも、それは違うと思う)
(駄目だ……あたしは、会長さんが理解できねぇ……)
(みっ、深夏!?)
(あばよ、皆。……ガクリ)

《椎名深夏がlogoutしました》

(深夏ぅううううううううううううううううううううううううううう!!)
(お姉ちゃぁああああああああああああああああああああああああん!!)
(くっ……二人とも、泣いても仕方が無いわ)
(ちっ、知弦さん……)
(私が絶対に、アカちゃんの脳内システムを把握してくるわ)

「……アカちゃん、少し視点の違った問題を出すわ」
「ふぇ……あ、うん」
妙な空気の中、知弦さんは、なぞなぞからは少し離れた問題を出した。


「一人の美少女、この場合はくりむちゃんとするわ。くりむちゃんは、道を進んでいたの」
「なっ、何か語りだした……」
「すると、枝分かれした二つの道がある、Y字路でつまったの。どちらかに行けば、天使達のいる楽園。もう一方は、悪魔達のいる楽園よ」
「くりむちゃん、何だかとっても危ない道を歩いてるよねっ!? つまるところ、危険な楽園だよねぇっ!?」
会長が涙目だ。可愛すぎる。
「ここからが問題よ。Y字路の間には、天使か悪魔のどちらかがいるの。くりむちゃんは、一つだけ質問をして、見事天使達のいる楽園に辿り着けました」
「よ、良かったよぉ……くりむちゃん」
まるで自分のことのように喜ぶ会長。いや、実際自分の事なんだけどね。
「さて、くりむちゃんは、何と質問したでしょう。尚、天使は必ず本当のことを答え、悪魔は必ず嘘、つまり逆のことを答えます」
「そ、そうねぇ……。えっと……まい、ねーむいず、くりむさくらの?」
「……補足。相手は外国人ではありません」
きっとこんな補足がされた問題は、これが初めてだろう。

「それじゃぁ……白と黒ならどちらが好き? とかは?」

「っ!?」
知弦さんが、かなり驚愕している。え、何、正解!?
「……何故、その質問をするのかしら」
「これは予想だけど、天使は白、悪魔は黒が好きだと思うの」
「っ!!」
「だから、天使が答るのは白、悪魔が答えるのも白、じゃないかな」
「……ふふふ、さすがアカちゃんね、着眼点は素晴らしくドンピシャよ」
「むっふぅー! 私の時代っ!?」
知弦さんに褒められ、テンションageageの会長。あぁ、可愛いなぁ……じゅるり。
「でもね、アカちゃん」
「んー?」

「色を聞いて……どうするの? 道は?」

「はわっ!? ……忘れてた、がっくし」
「……正解は、どちらかの道を選んで「この道を行けば、貴方の楽園に辿り着けますか?」よ」
「っそうか! 天使と悪魔、どちらもその答えには、YESとNOが一致すると?」
何故か感極まって、口に出してしまった。
「そうよ。もしくりむちゃんの選んだ道が悪魔たちの楽園なら、天使はNO。そして悪魔は、逆のNOを選ぶ。天使達の楽園の道を選べば、天使はYESを選び、悪魔もYESを選ぶ」
「くぅっ、妙に壮大な物語だ……素晴らしいサクセスストーリーでしたよ」
「ど、どの辺がサクセス?」
何故か、林檎がモチーフな感じの天使と、飛鳥がモチーフな感じの悪魔が浮かんだが、俺の心のイメージなのだろう。

(……ごめんなさい、深夏、皆。私は……あと一歩どころか半歩の所まで来て、迷走するアカちゃんの脳内が……)
(ちっ、知弦さんっ!?)
(分からなかったわ……ガクリ)

《紅葉知弦がlogoutしました》

(知弦さぁあああああああああああああああああああああああああん!!)
(紅葉先輩ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!)

二人して、絶叫だった。声にならない叫びとはこのことだ。


(杉崎先輩……真冬、帰ったら結婚するんだ、です)
(俺と? って、あからさまな死亡フラグを立てるんじゃない!)
(てへへっ☆)
(可愛いから許すっ!)
(それでは、お姉ちゃんと紅葉先輩の仇、真冬がとってきます! 押してもだめなら引いてみろ、です)
(う、うん。頑張ってね……何を引くつもりかは知らないけど)

「じゃぁ戻って、真冬はなぞなぞを出しますね」
「お、お願いするよ……」

「一々五月蠅い動物は、何でしょう」

「うーん……動物、かぁ……」
会長が顎に人差し指を当て「うぅん……むむぅ」と、可愛らしく考える。
うんうん、会長はこうでないとね。
「うむぅ……ハッ! そう言う事だったんだね、真冬ちゃん」
「……はい?」
「ごめんね、気付いてあげられなくて……答えはっ!」
会長衝撃の発言まで後三秒! ここでCM入らないっ!!

「杉崎っ!!」

「俺、この状況下で喋ってないですよねぇっ!? 絶対に俺、罪ありませんよねぇっ!?」
「今は、ね」
「何ですか、その不敵な言葉っ! 不敵すぎる、不敵に不敵な発言!」
うんうん、会長はこうでないとね(涙目)

因みに、正解は犬。一々(One One)=ワンワンなので、答えは犬だ。

(……何だか、申し訳ありませんでした、先輩)
(いっ、いや良いんだ。……俺に対する会長の印象も、分かったしね)
(あぁっ! 杉崎先輩が、かつてない程真っ白にっ!!)
(真冬ちゃん……もう、オルゴール鳴らしても……いいよね?)
(それは勝手にしてくたさい。って、先輩はまだ問題出してないじゃないですか)
(おぉう、そうだった。言ってくるよ)
(その意気です!)


意気込んでいると、深夏と知弦さんは、logoutから回復していた。
しかし……このまま問題に応えられないと、家の整備などはともかく、会長の機嫌を損ねてしまうのではないだろうか
「はい、最後はキー君ね……キー君?」
ううむ……。そうなると、ちょっと可哀想になってきた。どうしたものか……。
「…………」
「杉崎?」
「…………」
「鍵、真冬が脱いだ」
「…………」
『!?(謎の困惑)』
「…………」
「杉崎先輩の後ろに、中目黒先輩が――」
「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
『!!(謎の感動)』
「ぶ、物騒なこと言わないでよ、真冬ちゃん、って……えっ!? ちょ、ちょっと、何ですかその慈愛に満ち溢れたような表情っ!?」
「コホン、何でもないわよ。ほら、杉崎問題は?」
「え? あ、あぁ……行きますよ、会長。」
「ふっふっふ、実は今までのは手加減していたのだ! さぁ、来なさい!!」
『(脳で考えてるのに、手加減ってあるのか……)』

「んー。それじゃぁ、お札はお札でも、泥棒の苦手なお札は何でしょう」

「泥棒が苦手なお札……? そんなのってあるのかな……」
会長……これでもあまり不快な思いはさせたくありませんっ!
是非この問題を解いて、いつもの会長に戻って頂きたい!

「うーん……やっぱり一万円札かしら、諭吉って何だか貫禄あるしねっ!」

「頭までいつもの会長じゃなくて良いんですよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「んにゃっ!?」
うぅ。俺の、何気ない優しさが……一瞬でただの後悔に変わってしまった。

因みに、正解は警察。お札(サツ)=警察(サツ)なので、答えは警察だ。

(俺は、会長が分からないよ……ガクリ)

《杉崎鍵がlogoutしました》

(キー君ぅうううううううううううううううううううううううううん!!)
(鍵ぇえええええええええええええええええええええええええええん!!)
(杉崎先輩ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!)


しかし、こうなったらもう、仕方が無かった。
「では会長、罰ゲームと言う程でもありませんが、家の整備を。くれぐれも俺のスペースを忘れないでください」
「うぅ……理不尽だよぉ。……あ! そ、そうだっ!」
「? どうかしましたか?」
「その……夕食の食材買うのもあるし、二手に分担したらいいんじゃないかな」
「成程、それは確かに。捗りますもんね」
「でっ、でしょ?」
「それじゃぁ会長、食材買いに行くのと、家の整備、どっちがいいですか?」
「買い物がいいっ!」
「それじゃ、会長は椎名姉妹と家の整備を」
「えぇっ!? 何、そういう魂胆!? 私は買い物で大人なところを見せたいのに……」
それもあるが、理由の80%は、家の整備をしたくないからだろう。仕方ないので、会長を宥める。
「駄目ですよ、会長。生徒会の一存は、言わばバラエティのようなものです。エンターテイメントです。やりたい方をやるなんてのは、通用しないんですよ」
「私達、芸人タレントみたいな扱いね……。まぁ『生徒会の一存』だし仕方ないかもしれないけど。それでも選択権くらいは――」
「それじゃぁ会長。ワニの飼育員が『ワニの餌付けに挑戦!』なんての、面白いと思いますか?」
「うっわ。それはさすがに今の状況の私でも、素直に面白くないと感じるよ」
「でしょう? あと、会長を一人で夜の街に歩かせるのは、個人的に駄目です」
「何その独占欲! 杉崎こそやりたい方をやってるじゃない!!」
「何を言うんです会長。俺はあくまで、会長の身の危険を守ろうとしてるんじゃないですか」
「杉崎と同じ屋根の下に居る時点で、既に私の身は危険に晒されているんだよっ!」
「えぇっ!? まるで俺が『美少女がいるとつい夜這いしちゃうんだ☆』を口癖にする変態かのようにっ!!」
「今の今まで、自覚無かったのっ!? だとしたら、すっごくおめでたいよっ!」
「安心してください、会長。俺は、会長を……精一杯、愛します。そして、おめでたです」
「貴方の勝手な夜這いでねぇっ!? 先の一言で、愛が消えているのは『一目瞭然』だよっ!!」
「っ!? 会長が……『一目瞭然』をしっているなんてっ!」
「非常に失礼! 前々から思っていたけど、杉崎の、先輩であり、会長である私への態度、おかしくないっ!?」
「当たり前じゃないですか。だって会長は……俺の、特別な存在ですから」
「一方的にねっ! そしてその言葉、『時既にお寿司』だよっ!!」
「あぁ、惜しいっ! でも、無茶苦茶可愛いっ! 知弦さん、今すぐ出前をっ!!」
「え、何!? 時間って、出前の電話一本で簡単に取り戻せるのっ!? 最近の出前は凄いのね……タイムリープ?」
「会長、抱きます」
「まさかの宣言っ! 唐突すぎて「抱いていいですか」の一言すら出なかった!」
「生徒会副会長、杉崎鍵。抱きますっ!」
「微妙にアクセント変えてきた! だけど結果的には最低な一言っ!」
「俺は、碧陽学園生徒会副会長、杉崎鍵。俺は同じ生徒会の会長、桜野くりむに恋をしている。いや、違うか……していた、と言うべきだったな。あぁ、そのイワシはそこに置いといてくれ。生徒会は、幸せな時間だった……一時の、甘い時間とでも言うべきだろうか。ははっ、そういえば会長、あの甘すぎるウサマロが好きだったな。……でも俺の過ごした時間は、ウサマロ何かよりも、何千倍も甘かったんだ。あぁ、そのチョウチンアンコウは、フ○テレビにでも送りつけておいてくれ。ははっ、俺も男さ、それくらい分かるよ、マイケル。おっと、話の続きだったな。実は俺には、あと三人の彼女がいるんだ。最終ドS兵器、 CHIZURUや、ディープ・サマーの異名を持つ、骨折りの達人。更には、BとLの狭間の世界からやってきた、冬の風物詩などなど、全員美少女だったんだ。それはそれは――え、伊勢エビ? ……頂こう」
「何か語りだしたっ!? 何その世界観っ! ちょくちょく魚介類が出てくるんだけどっ!?」
「私、最終ドS兵器ですって。キー君は、私をそんな風に見ていたのね……ガッカリだわ」
「あたしなんて、骨折りのカリスマみたいにされてるぜ……言葉通り、骨折り損なんじゃねぇのか、これ」
「真冬はこの世界の人間でない上に、風物詩扱いです……」
それぞれ、しゅんとしてしまった。俺、何か変なこと言っただろうか
『言ったよ!』
「うぉっ!?」
そして俺はいつになったら、この一方的な意思疎通を拒否できるのだろうか。


「それじゃ、買い物行ってきますね」
「……何だか、杉崎先輩は変なもの買ってきそうです」
「うん、素晴らしい信用の無さだね。でも、出費が俺の懐から出ていることもお忘れなく」
「……キー君」
急に、知弦さんが俺を呼ぶ。
「はい? 何でしょう、知弦さん」
「買い物のことだけれど……私も、一緒に行っていいかしら?」
「夜は冷えますよ。何か必要なものがあるなら、俺が買ってきますけど」
「いえ、そういうんじゃないの。気分の問題よ」
「はぁ……ですが、知弦さんの肌を、冷たい風で痛めるようなことは、男として、何と言いますか……」
「しつこい男のほうが嫌われるわよ、キー君。サービスとして、腕組んであげるから」
「さ、行きましょうか!」
「中目黒君がね」
「スミマセンデシタ」
あぁ、知弦さんまで真冬ちゃんの毒牙に……。
「ここまで欲望に忠実な人、そうはいませんよね……」
「きっと珍種なんだよ、鍵は」
「失礼な。俺は――」
「むしろ変種じゃないかしら?」
「知弦さん、どこまで俺を虐めるつもりですか」
「時間で言えば、ここから徒歩で沖縄までの距離ね」
「うわーお、まさに日本一周の悲劇!」
知弦さんは、俺の墓を観光名所にするつもりだろうか……いや、そんなBAD ENDは避けたい。

取りあえず、メンバーから一通りの必要物を聞き、俺は知弦さんと、夜の街を二人きり。
因みに、会長の要望だった『ウサマロ』は却下しておいた。
「しっかし、知弦さんも人が悪いですね」
「あら、何の話かしら?」
「別に隠さなくても良いじゃないですか。リリシアさんを呼んだのも、貴女でしょう?」
「ふふっ。やっぱり鋭いわね、キー君は」
「お陰さまで、ですがね」
知弦さんは比較的に大人しいのだが、たまに発せられる言葉に鋭い薔薇の棘が隠されている。だがそんな知弦さんも、俺にはある程度、心を開いてくれているようだ。
……ん?
「大丈夫ですか? 知弦さん」
「何が?」
寒空の下、至って通常の面持ちな知弦さん。だが、この胸のつかえを取るためにも、俺は質問をする。
「いえ……何だか思いつめていたみたいですし。あと、冷え性だとか言ってませんでした?」
「……気のせいじゃないかしら。冷え性なら、コートがあるから平気よ」
「そう……ですか。なら良いですけど」
やっぱり、何かおかしい。簡単に言えば、釈然としない、が正解だろうか。


その不安を引きずったまま、デパートに入る。
『いらっしゃいませぇ~♪』
「もはやあの0円スマイルは、BGMになりそうな勢いよね」
「ですね。まぁ、バイトをいくつも掛け持ちしている俺としては、いちいち心をこめて接客するのが結構辛いのですが」
「ふーん、そういうものかしら。……? そう言えばキー君、休日は殆どバイト三昧とか言ってなかったかしら?」
「あぁ。今日の分なら、もうお休みをいただきましたよ」
「そう……無理しなくてもよかったのに」
「まぁそう言っちゃそうなんですがね。真冬ちゃんの楽しそうな声を聞いたら、地球最後の日だろうと来ますよ!」
「そうね。良く考えれば、あの男嫌いの真冬ちゃんが、キー君を家に入れるなんて……アカちゃんの提案があったにせよ、暴挙といって差し支えないわね」
暴挙ってアンタ。
「しかし成程、会長の提案だったんですか」
「あら、聞いてなかったの?」
「俺に電話して来た時は、何も言いませんでしたからね、真冬ちゃん」
「そう……」
「まぁなんにせよ、会長には不思議な力がありますからね」
「そんな設定あったかしら? カタストロフ?」
「あー、そういうおっかない能力ではなくてですね……」
「……周りを元気にさせる、オーラのようなものかしら?」
「そう! それですっ! 遊園地の時も、会長の機嫌にそって晴れたようなものですし」
「それは気象庁もビックリの能力ね」
「会長は、確かに無邪気でロリな子供です。でも、無邪気というのは時に、物事を真っすぐ見る、と言いますか、純粋さを帯びるものなのではないかと」
「単純、ってことかしら。まさに単純明快な話だけれど」
「そんな感じですね」
「やっぱりアカちゃんは凄いわね。ますます愛でたくなっちゃう……」
「げへへ、俺も愛でたくなっちゃいます」
「あら、アカちゃんは私の『物』よ? ふふっ……」

「ぞくぞくっ!?」
「うぉい、どうした会長さん。そんなサウンドエフェクトをそのまま口に出すような真似して」
「いや、何だか私の身に危険が迫っている気がして……気のせいだよ、ね?」
「…………(知弦さんだな、絶対。まぁ、会長の身に危険なんていつものことだが)」
「ちょっと深夏!? 何か……何か言ってよぅ…………」

そんな会長談義に華を咲かせつつも、俺は食品売り場コーナーのある二階に向かおうと……おぅふ。
「あー、知弦さん。やっぱりこのフロアで、ウサマロ一袋買ってきてください」
「えっ? あぁ、それは良いけど……どうしたの?」
「いえ、何でもないですよ。それじゃ、俺は二階にいますんで」
こうして俺は、知弦さんを一階に残し、二階にズカズカと乗り込んでいった。いや、エスカレーターだけどな。


《紅葉知弦視点》

「……ふぅ」
これは、案著の息ではなく、困惑を表すような溜息といった所かしら。
アカちゃんもいない今、唯一弄ることができるのはキー君だけだったのだけれど……。
「それにしても寒いわね……」
お酒や菓子類、飲料水だけの一階でこの温度なら、二階はもっと寒いのでしょう。何せ、食品売り場の冷気を充満させているのだから。
取りあえず探しましょう。ウサマロ。
「えっと、ウサマロは……」
…………。

所でウサマロって需要あるの!?

いや、落ちつきなさい、紅葉・S・知弦。落ちつくのよ。
いくらアカちゃん以外に需要がなさそうな『甘すぎる』と評判のウサマロと言えど、商品には違いないわ。間違いなく売ってる筈よ。
でも、デパートでウサマロって……ちょっと聞いてみようかしら。
「あの、すみません」
『はい? 何でしょうか?』
「ウサ…………」
『もしもし? お客様?』
「あっ……いえ、何でもありません」
『そうですか。何か気になれば、遠慮なくどうぞ』
「え、えぇ。どうも」
…………。

聞くの!? 『ウサマロはどこにありますか?』って、私が!?

いやいやいや、そんなキャラじゃないでしょう、私!
そもそも、キャラ設定を無視しても、恥ずかしすぎるんじゃないかしら!? この歳で、ウサマロって!
アカちゃんなら問題ないかもしれないけど、私には到底無理だわ。ウサマロの居場所を聞くのは。
「……コホン。まぁ、気を取り直して、自力で探そうかしら」
呼吸を整え、ウサマロを求めて歩き出す。
「はぁ……こんな時、キー君がいてくれれば……あぅ」
駄目ね。最近、どうしてもキー君を頼る癖がついちゃってるわ。
いや、そもそもこの件に関しては、心遣いが広すぎるキー君にだって問題があるけど……いや、これは私自身の問題ね。
「……あっ」
何とウサマロを見つけた。うん、見つけたわ。見つけたはいいのだけれど……。

この可愛らしいパッケージの袋を持ち歩くのは、精神衛生上キツいものがあるわね。


「知弦さ~んっ!!」
「!」
どうしようもなく、途方に暮れていると、一番待ち望んでいた人物が現れたの。
「キー君! 良かった、はいこれ」
ウサマロの袋を渡すとともに、何となく、ただ何となく、キー君の手を握って見る。
「ぢほdslrmjsjs^tr、いmppds」
「ごめんなさい、キー君。さすがに私、スワヒリ語は分からないの」
「すみません。嬉しさと興奮、自分の心の声を暗号化してしまいました」
「……何々『すぎさきけんははーれむのおさ』かしら?」
「認めましたね、知弦さん」
「もしもし、紅葉・S・知弦よ。えぇ、ロケットミサイルの発射準備はできたかしら?」
「何だか俺、物凄く物騒な物の標的にされてますよねぇっ!? 恐怖を通り越して忠誠心すら芽生えますよ!!」
うふふ。全く、キー君もアカちゃん並に、秋が来ないわね。
プルルルルルッ!
「ん? ……俺じゃない。知弦さん、携帯電話なってますよ?」
「あぁ、いいのよ。彼とはもう、終わりだもの」
「うわーお! すっげぇ気になりますねっ! 男!? 男なんですか!?」
「あら、キー君。嫉妬かしら?」
「嫉妬ですよ! 今の俺は、全身から嫉妬の炎がメラメラと噴出していますよ!」
嫉妬……良い響きね。
「まぁ、出てあげようかしら」
「そ、そうしてあげてください」
キー君が最速するので、私は携帯電話を取り、通話ボタンを押す。

「お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか、貴方の手の届かない存在の場所にあるか――」

「えぇっ!? いや、確かにあり得なくはないですけどね!?」
「……えぇ。そう、分かったわ」
プツッ
「……下僕め」
「怖っ!? ち、知弦さん、その……お相手はどういった方で?」
「うふふ……聞きたい?」
「エンリョシマス」


《杉崎鍵視点》

「さて、知弦さん。二階行きましょう」
「? 食品売り場では買い物済ませたんじゃ……?」
「あぁ、知弦さんの意見も取り入れようかと思ったんですよ」
「そう。でも、五人で食べるなら……ねぇ?」
二階へのエスカレーターから下りながら、知弦さんが尋ねる。
「やっぱり鍋ですか」
「そうね。鍋と言ったら、春菊かしら」
「ふむふむ。まぁ旬と言えるのかは微妙ですが、買っていきますか」
そう言って、食品コーナーにある春菊を籠へ放り込む。
「ふぅ。思ったよりも寒くなくて、安心したわ」
「お、そうですか? それは良かったです」
苦労した甲斐があるってもんだ。
「えっと……鞭はどこかしら?」
「貴女が鞭を何だと思ってるんですか。食材ですか? えぇ?」
「あら、今日は食材に使うでしょう? 一度やりたかったのよ、闇鍋」
「やりませんからね!?」
「えぇっ!? 皆で集まった時は、ボロ雑巾とか、長靴とか、中目黒君のハンカチとかを入れて鍋を作る、伝統行事じゃないの!?」
「ごめんなさい。色々ツッコミ所が多すぎて、どれからツッコめばいいのか分からないです、はい」
この人は、非常識ではない。常識が通じないだけだ。

《紅葉知弦視点》

『ヒソヒソ……ヒソヒソ……』
ヒソヒソと、さっきから何かしら……。
「ね、ねぇ。キー君」
「? 何ですか、知弦さん」
「大したことじゃないのだけれど……何だかここの従業員、やたらと私達を見てヒソヒソしているような……」
「……気のせいでしょう」
「本当にそうかしら?」
「気のせいじゃなければ、知弦さんに魅了されて仕事が手につかない、って所じゃないですかね?」
「うーん……キー君も見ているようだし、ちょっと危ない香りがするわ」
真冬ちゃんが寄ってくるような香りが。とは、キー君の為にも言わないでおいてあげることにした。
「……ったく、あいつらは」
「何か言った?」
「いえ、何でもありませんよ。行きましょうか」


「さて、後は豆腐と……知弦さん?」
「……キー君。この視線、どうにかならないかしら。何だかゾクゾクしてきちゃって」
「うぉっほい! それはちょっとえっちぃ香りがしますねっ!!」
キー君はこの、チラ見という一番精神的に来る視線をものともせず、いつも通り、平然とした状態だった。
「きっと気のせいですって、そうに違いない――」

『すっ、杉崎さん! 今日は、何を御所望ですか!』

「出てくるなっつっただろうが、コラ」
「キー君。この従業員の方々と知り合いなの?」
「いや、こいつらは――」
『はい! 杉崎さんと共に働かせてもらっている、従業員です!』
「うん、ちょっと黙ってろ」
「通りで視線がちらつく訳ね……」
「す、すみません、知弦さん」
「いや、別にいいのよ、理由さえ分かれば。……キー君のその統率力には、何の理由も示されていないのだけれども」
「おい、お前ら。あんまり知弦さんを見つめるんじゃない」
『すみません。杉崎さん、ついに彼女ができたのかと――』
「カモン、店長」
『すっ、すいませんっ!』
キー君って、このデパートを制圧でもしているのかしら。アルバイトなのに店長へ溜め口が叩けるレベルの地位って……。
……ちょっとからかってみようかしら。
「うふふ。気になるなら教えてあげる。彼女かどうかを差し置いても、私は彼のこと、大好きよ」
「ぶっ!!」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!』
「ちょっと知弦さん!? 行き成り何を言い出すんですかっ! 後お前らも、他のお客様にご迷惑だから騒ぐんじゃない!」
『すいませんっ!』
これは面白いわ……っ! 追い打ちとして、キー君の腕に『ぎゅっ』と抱きついてみる。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!』
「Oh...パラダイス」
『成程、そういう仲でしたか……。それならさっきのことも頷けます』
「さっきのこと?」
「ちょっ、お前何を――」
『さっき、杉崎さんがこちらに来ましてね。設定してある冷房を、一時的に切ってほしいとのことで』
「やっ、やめてぇっ! やめてくれぇっ!!」
『連れている方が冷え性で寒がりだから、と言っていました』
「キー君が冷房を……通りで想像よりも寒くなかった訳ね」
「お前ら、俺の羞恥心のパラメータMAXにしやがって……」
キー君、私の為にそんな小さなことまで……。こういうのは実際にされると、少し胸に来るものがあるのよね……。
「くぅ……俺の気遣いは、あくまで心憎い気遣いとして、気付かれないようにしていたのに……。えぇい、お前ら持ち場に戻りやがれぇっ!!」


《杉崎鍵視点》

『奴ら』を持ち場に戻し、俺は『ふぅ』と呼吸を整える。
「……知弦さん。その熱の籠った目線を向けるの、勘弁してもらえませんかね」
「ごめんなさい、キー君。私、もうこの胸の高鳴りが抑えられな――」
「愛する妹よ、お前がこの手紙を読んでいる時、お前の『おにーちゃん』は、もう……もうっ!」
出来ればその告白は、鞭をしまって言ってもらいたかった。
「仕方ないわね……。でもありがと、キー君」
「はい? ……あぁ、冷房の件ですか」
「お陰で、念の為に用意してたホッカイロを使うことなく済んだわ」
「まぁ、常に心がけていることですから、気にしないでください」
「お礼は素直に受け取っておくものよ、キー君」
「むっ……どういたしまして、知弦さん」
急に真剣ムードを醸し出されると、いつものように対応することができなくなってしまう。
無理やりにでも、いつものテンションを戻すことにする。
「寒いなら、俺が身も心も温めてあげますよ、知弦さん」
「ベッドの上で?」
「その通りですっ!!」
「翌日、身も心も温まった私の横には、全く動く気配のない、氷のように冷たくなったキー君が……」
「あぁっ! 嬉しいようで嬉しくないっ! でも嬉しいっ!!」

よし、ざっと一通りの食材は揃えた。後は何もすることがないので、会計を行う為レジに並んでいるのだが……。
「ちっ、知弦さん。その黒いカードは……何ですか?」
「これ? これはブラックカ――」
「や、やっぱいいです、はい! なんかもう、はい!」
やっぱり、恐ろしい人だった。
『お、お客様、大変申し訳ないのですが……その……』
「……これ、使えないみたいね」
「まさかこの世帯の店に、それを持ち出す人がいるだなんて、誰が考えますか」
「仕方ないわね、ならこれで」
「ちょ、ちょっと!? その黄金の光を放つカードも駄目ですっ!!」
「あら、残念」
「やっぱり俺が払いますから。知弦さんは、そこのベーカリーゾーンで温まっててください!」
「釜戸から漏れた熱風でっ!? ……コホン。キー君、今日の分のバイトを休んでるって言ってたじゃない」
「大丈夫です。そのカードを使って周りから変な目線を向けられるよりは、俺が痛い出費をしたほうが、幾分かマシです!」
「そ、そう……?」
動揺する知弦さんをひとまず置いといて、会計を済ませる。

『12788になります』

「…………はい」
俺にとっては、大変大きな出費を負ってしまった。俺、涙目。


「全く、そのくらいなら、いつものお礼を兼ねてもお釣りがくる程なのに」
「いやぁ、女性に奢らせるのはあれですしね。……あと知弦さんカード出すし」
「あら、私にとって、このカードは必需品よ。これがないと、あっちでは話しすら出来……いえ、何でもないわ」
「そのまま聞いていたら、俺は命を狙われる側にご招待されていた気がします」
知弦さん、本当に何か危ない組織やらに関わっているようだし、できれば穏便に、ハーレムへの加入を要求したい。
「大体、無闇にあんなもの取り出さないで下さいよ。窃盗しにきますよ、俺が」
「あら、キー君なら来ても平気よ。鞭を叩きつければ良いのだもの」
「それは危険ですね! 翌日には間違いなく俺、煙となって空をたなびいてますよっ!!」
「……まぁ、愚かな行動だったとは思っているわ」
「はぁ……いえ、何もそこまで攻めているわけではありませんが。実際あり得ますよ、窃盗」
「そうね……いざという時の為に『オーストラリアンフォーメーション』で歩きましょうか」
「何の為にっ!? それ、いざという時に何もできませんよねぇっ!? ……コホン。まぁ、あれです」
「何かしら?」
「知弦さんは容姿端麗な美人ですし、もし窃盗ついでに、その……何と言いますか」
「あら、それなら大丈夫よ」
自信満々に、知弦さんは俺を見て言う。
「いざという時は、キー君が守ってくれるんでしょ?」
「知弦さん……えぇ、勿論です!」
「『オーストラリアンフォーメーション』の状態から」
「だから何の為にっ!? 残念ですが、間に合う保障ありませんよっ!?」
「大丈夫よ、キー君。貴方なら出来るわ」
「その励まし何の根拠もありませんよねぇっ!?」
相変わらず、マイペースに引きこむ人だ。
「まぁ、本当に危ない時は、キー君が助けてくれるわ。保証済みだもの」
「……まぁ、そりゃ助けますよ、全力で」
「なら、安心ね」
そう言って知弦さんは、少し嬉しそうな顔をし、俺の前を歩いた。


何と言うか、知弦さんは知弦さんなんだな、と思った。
別に決まった道ではないのに、俺は、知弦さんの歩いた場所に沿って歩く。
しばらく無言で歩き続ける、俺と知弦さん。
その空気のせいかどうかは分からないが、俺はふと、知弦さんに声をかける。
「知弦さん。寒くないですか?」
「……えぇ、平気よ」
「そうですか。……なら、こっち向いてください」
「……どうして?」
「良いですから、ホラ」
そう言うと、知弦さんは渋々こちらを向く。
「……やっぱり、寒そうな顔、してます」
「別に、冷え性だからって寒がってないわ」
「いやぁ、身体もそうなんですけど……心、ですね」
「心? 私の心が……寒い?」
「……えぇ。まるで、凍っているかのように」
そう、氷のように冷たい知弦さんの心。
それは、知弦さんの目からも、雰囲気からも感じ取れる。
「ふぅ……。知弦さん、これ」
「え?」
ファサッ
俺は、知弦さんの服の上に、そっと、自分のコートを重ねた。
「……キー君?」
「出来る男の、心遣いとでも思ってください」
いっちょまえに、気取って言う俺。何だか恥ずかしいのだが、目の前で知弦さんが寒がっていたのだから、これは男として当然の行動である。
「その代わりと言ってはあれですが、条件があります」
「じょ、条件付きなの?」
俺のコートに身を包み、少し虚無感に見舞われた知弦さん。
虚無感。きっと胸のつかえの正体も、この感情だったのだろう。
「それで、条件って?」
「そうですね……それじゃぁ――」
冷たい外の空気を吸い、俺は続けた。

「これからもずっと……知弦さんの事、守らせてください」

「……守る? 私なんかのことを?」
知弦さんが不思議そうな顔で問う。
「えぇ、守りますよ、俺。ジャンジャン守ります」
「ジャンジャン守らなければならない機会が来る、というのも考えものだけれど……わざわざそんなこと、どうして言うのかしら?」
再び知弦さんが、不思議そうな顔で俺に尋ねる。
「そりゃぁ知弦さんは、俺のハーレムですから」
「……そう、ね」
知弦さんは、一瞬切なげな顔をしたあと、俺を見て、微笑んだ。
「ありがとう。キー君」
その言葉を聞いた時、俺は少しだけ、知弦さんという存在の中に踏み入れたんじゃないかと思った。


ドアの前で、中に声をかけてみる
「もしも~し、会長? 深夏? 真冬ちゃん?」
返事が無い、ただの留守のようだ。
「いや、留守ってことは無いと思うのだけど……」
タッタッタ
誰かが小走りしてきたようだ。
「……合言葉は?」
「一体何の防犯システムを取り入れてるんですかっ!? セ○ムしてますか? してませんよねぇ!?」
このロリ声、会長だ。そして、合言葉とは何なんですか。教えて、エロい人っ!
「うーん……このおかしで釣ってみる?」
「いえ、俺がなんとかして見せますよ。……会長!」
「っ!?」
「かぶとはとぶか」
「(キー君、何故その合言葉をっ!?)」
「……『かぶとはとぶか』『かぶとはとぶか』。入ってよし」
「マジでロ○ット団倉庫っ!?」
「ここは、本格的に5の島みたいね……」
しかし、あっちの世界観とごっちゃになるとまずいので、ささっとお邪魔することにした。
「おーい深夏、真冬ちゃん。帰った――」

「おっ、お帰りなさいませ、ご、ご主人……様」
「お帰りなさいませ、ご主人様」

落ちつけ、杉崎鍵。状況を明確に、鮮明に把握するんだっ!
まず、今の視点からは、何が見える?
メイド服を着た、美少女二人だね、うん。なら、その美少女二人とは、誰だ?
……椎名姉妹。
…………。

「二人共何してんのっ!?」

「反応遅いな、おい」
「むしろこのパラダイスな状況を見て、昇天せずに一瞬で状況を把握出来る人、いないよねぇっ!?」
カタカタ……パチッ
「ち、知弦さん。念の為に聞いておくけど……何してるんだ?」
「そんなの決まっているじゃない。二人のメイドコスプレ姿を写真にとって、例のサイトにアップしてるのよ」
「……杉崎先輩、助けてください」
「無理だよ、あれには敵わない」
「うぅ……」
「それより、何買ってきたんだ?」
「これだぁ! ワン・ツー・スリー!」
「何故ベストハ○ス!?」
少し気になる節はあったが、深夏は元に戻っていた。
「ふぅ、いつも通りの深夏で安心したよ」
「え……あ、あぁ……わりぃ」
「……深夏? いや、本当に気分悪かったら、少し休んだらどうだ?」
「いや、本当に、本当に大丈夫だ。心配しなくても大丈夫だって」
「おぅ、そうか。それは何よりだ」
「……キー君ったら、本当に鈍感なんだから」
「?」
何だろう、知弦さんが小さい声で何か言ったようだが……まぁ、気にしないでおこう。


そして夕食作り、俺は真冬ちゃんと、味噌汁作りに勤しんでいる。
ちなみに鍋は、知弦さん達に任せておいた。
「……杉崎先輩、ジロジロ見られると……恥ずかしいのですが」
「いやぁ、真冬ちゃんのエプロン姿が眩しくてね」
「ならそのまま失明でもしてくれたりすると嬉しいです☆」
「☆をつけても、君の毒舌に変わりは無いよ!?」
今日も絶好調、いや、舌好調な真冬ちゃんだった。
それにしても、いいね、この光景は。これこそ日本の絶景百選に選ばれるべきだろう。
しかし俺は、この程度で満足したい男ではない。

「先生……裸エプロンが……見たいです……」

「まさか台所でそのネタを持ってこられるとは思いませんでした……」
「よいではないか、よいではないか」
「中目黒先輩に、ですか?」
「うん、違うね」
君の思考は、まずそっちに直結するんだね。何だか似た者同士な気分だ。無論、別種だが。
「口動かす暇があったら手を動かしてくださいよ」
「BL本より重いものが持てないから、出汁作りに抜擢された真冬ちゃんが言うのかい」
「それについては仕方ないじゃないですか! 真冬は……真冬はか弱い女の子なのですっ!」
「まぁ、か弱いのは認めるけどさ……。いやそれよりも、俺は、料理中の君を楽しませに来た訳で――」
そこまで言うと、真冬ちゃんは冷蔵庫を開け、わさわさと中をかき回した。
「……何、探してるの?」
そしてその質問が終わると同時に、真冬ちゃんは何かの袋を取り出し、それを俺に突き出してきた。

「しじみ、です」

「しじみがトゥルル」
「杉崎先輩は……しじみです。しじみ何ですよ!」
「何故にっ!?」
行き成り『絶対魚貝宣言!!』発生。
「しじみは美味しいのですよ、先輩。味噌汁の良い出汁になりますし、具にもなります」
「なっ、何か語り始めたね、真冬ちゃん」
「なのに貴方は何ですか……。必要が無いなら、口を閉じていてもらえますか? 旨味成分が溶け出してしまいますよ?」
「うわーお、一夜にして魚介類の層にワープしたよ!」
「……旨味成分が――」
「…………」
「偉い偉い、です」

しじみの母さん。とても住みにくい世の中になりました。


「ほら、鍵。春菊」
急に、深夏が俺の取り皿に、春菊を置いた。
「あぁ。何だか知らんが、サンキュ」
「遠慮しないでどんどん食べろよ、春菊」
「ありがとう。でも、この鍋は俺の懐から出ているのを再確認しようか」
「あぁ、それはありがとうな。あ、こっちの春菊もどうぞ春菊」
「どうも、ありがとうございます」
「あたしは、お前にすくすくと育ってほしいんだ、ほら春菊」
「うん、ありがとう深夏。春菊」
「水臭いな、気にすんなよ、鍵。春菊」
「あっはっは、春菊」
「ふっふっふ、春菊春菊ゥ」
「春菊春菊春菊ゥ!」
「春菊春菊春菊春菊ゥ!」
「ちょ、ちょっと二人とも!? 何だかとんでもない病に侵されてない!? 春菊……あっ!」
「アカちゃんも、も変になってるわよ、春菊。……恐ろしい病気ね」
「春菊、お姉ちゃんは好き嫌いがないと思ってて――ハッ! いつの間にか、一人称が春菊に! 春菊」
「鍵、春菊大好きだよな春菊」
「うん、深夏。引き際を失っているんだね。そして、何故鍋の春菊がすべて俺の取り皿に集まっているんだろうね」
「鍵の取り皿、ナイスジャングル」
「そうだね、ターザンもビックリだよっ! そしてその目線止めろよっ! この密林、俺が食べるのっ!? 食べちゃう雰囲気なのっ!?」
「君がッ食べるまで入れるのをやめないッ!!」
「増量したっ! 旬じゃないのに春菊のバーゲンセール実施中っ!!」
「取り皿に入れちまったんだから、責任もって食えよ」
「俺の取り皿を密林にした張本人が何を言いやがりますか」
『……あさはかなり(鍵が)』
「誤魔化そうとして別の椎名さんになってますよねぇっ!? 集中力を高めている、あの、椎名さんですよねぇっ!?」
『じゅん君っ!』
「ひゃっふぅ! 会長と同じく生徒会長、並びに同じウィングヘアーの学園アイドル! でも別の椎名さんな上に、俺、じゅん君ではないですねっ!!」
『そのままカバンに荷物をまとめて横須賀へでも行けと言われても仕方がありません(鍵が)』
「それは椎名じゃなくて椎野だよねぇっ!? そして、ここ北海道何ですけどっ!? 俺、高宮さんじゃないんですけどっ!?」
『もうひたすら水差し野郎と呼んでやりたいような(鍵を)』
「それは椎野さんの皮を被って、俺に暴言を吐いてるだけだよねぇっ!? 誹謗中傷もダメ。ゼッタイ!!」
「真冬、今のうちに肉を独占だ!」
「了解っ!」
「くそっ! 何たる姉妹愛の輝くコンビネーション……」
気付けば、物凄い早さで肉がかすめ取られている。おいこら、春菊押しつけて肉を独占するんじゃない。
「こうなったら……知弦さん! 『オーストラリアンフォーメーション』です!!」
「あの台詞、ここにきてまさかのブーメランっ!?」


で、俺の皿にはオンリー春菊な訳だが……。
「……あの、皆さん? 一枚くらいミートが欲しいのですが」

「駄目よ」「駄目ね」「駄目だ」「駄目です」

「イジメ、格好悪い」
「知弦にセクハラした罰よ」
「……知弦さん。会長達に何話したんですか」
「キー君が大企業を手中に収めて、モテモテになっていることやら、ね」
「それ、全部捏造の出来ごとですよねぇっ!? 残念ながら!」
「あら、実際あのデパートはそうじゃない」
「だからって、話しに尾鰭どころか羽までついてるのが問題なんですよ」
「それを受け止めての、焼餅じゃないかしら」
「はっはーん、成程。皆かわいいなぁもう」
『…………(凍てつくような視線)』
「あの、折角の鍋まで凍りそうだからやめません?」
「杉崎が悪いよ」「キー君が悪いわね」「鍵が悪いな」「杉崎先輩が悪いです」
「今日も抜群のコンビネーション、ごちそうさまでした!」

「それじゃ、お休みぃ……むにゃむにゃ」
会長の就寝の合図と共に、夕食を終えた俺達は、眠りにつく。
何だ、こりゃ。すっげぇ静かだ。時計の針の音が大音量で聞こえる。やっぱり生徒会の皆といるとはしゃぎまわるな……。

~二時間後~

仮眠終了っ! ……うっ、春菊が……プゲラ。
いやいや、これくらいで弱音を吐いてどうする、杉崎鍵!
「よし、今から明日の夜まで丸一日、バイトで今月の費用を稼がねば……」
非情にも睡魔が襲いかかる中、俺は支度をし、出かける準備をする。
「えーっと、残ってるのは……ファミレス、清掃、コンビニあたりか……お、これも残ってるな」
「……杉崎、何してるの?」
「ヒョッ!?」
「どこの蟲野郎っ!?」
会長が、唐突に話し掛けてきた。寝てたんじゃないんですかい。
「会長、眠れませんか? 絵本、読みましょうか?」
「私の年齢評価、何か鬼気迫るものがあるねっ! そして失礼っ!」
「その様子だと、寝付けないようですね。なら会長、今夜は寝かせませんよ」
「…………」
「あのあの、ボケ殺しは勘弁してもらえませんかね」
ボケ役にとって一番辛いのは、そのボケをスルーされることなのさ。しくしく。
「とっ、とにかく! 折角のお泊まり会なんだし、勝手にいなくなるのは駄目だよ!」
「ふむ……一理どころか二理くらいありますね。……あっ、会長! あそこにウサマロがっ!」
「えっ! どこどこ!?」

勝った。



  • 最終更新:2010-09-27 18:26:30

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