Kさんの小説6-6

~日曜日~

《宇宙守視点》

日曜日という、もっとも休日らしい休日を感じる日。
朝の空は……雨さえ降っていなかったものの、その後降るであろうと予測できる空模様だった。
「全く、嫌な雲ね」
「姉貴よりはマシだ」
ゴッ
「ぬぉあっ!」
この暴力的(ガッ)ではなくとてもお上品で優雅な立ち振る舞いの女性は、俺の姉貴(ドガッ)じゃなくて、俺のお姉さま、宇宙巡だ。
「兄弟でも、マインドリーディングされるのは凄く納得いかないんだが」
「細かいこと言ってないで、さっさと電話しなさい」
「……へ?」
「だから、杉崎と善樹の家に電話しなさい!」
「ど、どうしてだよ……?」
「日曜日よ? 休日よ? 高校二年生ともなれば、外出して親睦を深めるのが正しい務めよ」
姉貴……絶対杉崎目当てだろ、コラ。
「まぁいいけど……用件は?」
「カラオケ」
「…………」
あぁ、また犠牲者が……。
「いいけど、俺はいかねーぞ」
「深夏も呼ぼうかしら――」

「もしもし深夏っ? 今日暇? 姉貴、善樹含めてカラオケ行くんだけど――」

「こら守、杉崎もでしょ、杉崎も」
「……付属品として、杉崎も」
仕方ない、あいつも呼ぶか。

~連絡確認中~

「よし、深夏、善樹には連絡付いたぜ。杉崎は――」
「杉崎は、何」

「……行かないそうです」

ガリッ

「アッー!!」
鬼のような形相でこちらを睨みつけ、奇妙な音と共に繰り出されたボディブローは、俺の生命の70%を削ったと言っても過言ではない。
「何で! 何で俺、事実を言うと共に身体へ強烈なダメージ受けんの!?」
つーか今のは人間の成せる技じゃない。バラエティだと、右下にREPLAYとか書かれてスロー再生されるパターンだろう。
「五月蠅い弟は放っておいて……それじゃ、夜に予定変更よ」
「……へ?」


と、言う訳で、朝から一気に夜になりましたとさ。
「俺の休日、返してくれねぇかな」
「生きてるうちに帰すわよ。……守が生きてるうちにね」
「物騒だな、おい!」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。どうせ明日は平日だ」
「深夏さん、それ、逆に理由として成り立っていないんじゃ……」
良くわからない空気を醸し出している、俺と姉貴、そして深夏に善樹。
「しっかし、良く来てくれたわ、二人共」
「うん。僕は、特にやることが無かったから」
「あたしも、暇だったしな……本当は、鍵と一緒に家から来る予定だったんだけど……っと、何だこれ」
俺は何も聞いていない。聞いちゃいないんだ。
そして、深夏が、何だか分からない、赤いものを拾った。
「……ただの赤いビー玉じゃないのか?」
「セットアップとか言ったら、レイジ○グハートになってくれねーかな」
「やめてくれ、これ以上悪魔が増えるのだけはよしたい!」
「……何か言った?」
「ひぃっ!?」
管理局の白い悪魔よりも恐ろしい、碧陽の黒い悪魔が、こちらを睨んだ。
え、どの辺が黒いかって? ……言わずもがな。
「よし、守! そこ立ってろ! いくぜ、レイ○ングハート・エクセリオン!!」
「ベルカ式取り込みやがった!?」
「守……ちょっとだけ(死ぬほど)痛いの我慢できるか?」
「無理無理無理無理っ! その全力全壊砲撃、耐えきれないってっ!!」
「スターライト……ブレ――」

※この時点で、宇宙守が灰と化した為、これ以上の描写は控えさせていただきます。関係者の皆様、そして、管理局の白い悪魔様、誠に申し訳ありません。

「酷い目にあったぜ……」
「さすがだな、守。良くあの砲撃に耐えたよ」
「そ、そうか?」
深夏に褒められると、やっぱり照れるな。
「次は、ルシ○ェリオンブレイカー、行くぜ」
「ポータブルへ帰れっ!!」
「全く、あんた達は仲良しね」
姉貴は、呆れたように嘆息し、ずかずかと前を歩いていってしまった。
はぁ……本当、姉貴は意外な一面が多いんだよなぁ。
姉貴は確かに強がりだし、お調子者だ。
ただ、それでも、姉貴はやっぱり、何か只者では無いオーラを持っている。
邪気ではあるがそうでないような……人を寄せ付けないようで寄せ付ける、不思議なカリスマがあるのだ。
もちろん、駄目駄目な部分もたくさんあるが、姉貴のバイタリティなどは、俺も関心を抱いている。

ガラッ

……だからこそ、ここまでの付き合いが出来る訳だが。
つまり、姉貴に言う事は、無い。
実はしっかり者というパラメータを持つ姉貴には、何も言う事は無い。文句無しの筈だった。
だが……。
一つ言えることは――

「いらっしゃいませ~♪」

一つ言えることは、このカラオケBOXにきたことが、果てしなく間違っていたと言う事だけである。
「……なぁ、どうしてここを選びやがりましたか、姉貴」
その日、俺は、もっとも逆らいたく無い姉貴に、尖った口を向けた。


《杉崎鍵視点》

ここは夜の空オーケストラを楽しむ場所。
通称『カラオケBOX』だ。
「……何でお前がここに居るんだ、おい」
「アルバイトです、はい」
どうやら、男性二人、女性二人のようだ。
「二名様、いらっしゃ~い♪」
「待て待て待て待て、何故女性だけ!? 俺と善樹、完全に無視されてたよね!?」
「いよっす、鍵。どこ空いてる?」
「あぁ、今は誰もいないから、ほぼ貸し切りだな」
「……まさか姉貴と深夏、杉崎がここのバイトやってるって知ってたんじゃ(ゴリッ)とか思ったりしてないです、はい」
「全く、これくらいのことで動揺するなんて、我が弟ながら恥ずかしいわ」
「俺が居ること、そんなに意外だったか……。あぁ、後、悪かったな巡。結構立て続けにバイト入ってて」
「いやっ、その……いいのよ! だからここに来たんだし!」
「やっぱ、絶対知ってただろ、姉(ガガッ)貴殿がNo.1でございます」
さっきから何かと鈍い音がしているけど、気のせいだろう。
「つーか、別の意味で動揺してる姉貴にだけは言われたくねーんだけどっ!?」
こんな言葉で済むのは、巡が姉だから、という訳だろうか。全く、仲の良い奴らだこと。
「……すみません"後ろの男性二名様"本日は満席でございまして」
「誰もいないとか言ってやがりませんでしたかねぇっ!? 何でお前、男は完全にアウト・オブ・眼中なんだよっ!?」
「もっと言えば、深夏以外アウト・オブ・世界だ」
「はぁっ!?」
「えぇっ!? さり気なく女の私まで、世界と言う大規模な枠から引きずり落とされてるんだけどっ!?」
「杉崎君……酷いよ」
「うっ」
別に、中目黒が可哀想だとかBLとかそんなことでは断じてねーけど、さすがにこれはと思っただけなんだよ、うん。
「はいはい、四名様ね」
そう言って、全員をちゃちゃっと部屋へ案内する。
四名様、いらっしゃ~い。

「やっぱりここは、私のステージとしてはもってこいだわ」
「何度来ても、ここにはトラウマしかないぜ……真冬のアニソン百連発は死ぬかと思った。いや、死んだ」
「俺も、姉貴の新曲披露と言う名の喉自慢大会に何度付き合わされたことか……思いだすだけで恐ろしい」
「杉崎君……素敵だよ」
「待て待て待て! 何でお前の口は俺に対する意見しか出ないのっ!? そして何で俺、この部屋にいんのっ!?」
気付けばドアは閉められ、約七人は入るであろう部屋に、壁陽二年組の五人が居座っている。
仕事が無いと言えば嘘になるわけだが、どのみちこんな時間に人は来ないだろうし、暇潰しにはなるだろうと自分に言い聞かせた。
「んじゃ巡。適当に六十曲くらい歌ってくれ」
「何かしら、この、ハードルの高さは低いのに数が物凄く多いといった感じのこの状況」
「あたしは、お前がやればできる奴だと、信じてるぜ」
「歌手だからねぇっ!?」
と、文句を言いつつ、渋々と自分の曲をセットする巡であった。


「おい善樹。さっきからずっとその本読んで、何してんだ?」
守が、中目黒に問いかける。
「あぁ、何を歌おうかなって……でも、知ってる曲が見つからないんだ」
「そうか。なぁ、中目黒」
今度は俺が、中目黒に話しかける。
「何? 杉崎君」
「何故、知ってる曲が見つからないんだと思う?」
「それは……僕、知ってる曲少ないから?」
「違うな」
「それじゃぁ……うーん。この、曲リストに載ってないだけかな――」
「それだよ! その通りだよ! 何がって? それ、明らかに曲リストじゃねーだろ! タ○ンページだろっ!!」
「えぇっ!?」
中目黒が、滅多に出さないような声を上げる。
「善樹、お前……気付かなかったのか? ここに電子版の曲リストあんのに」
深夏が、酷く落胆した様子で中目黒を見る。
「……僕……目、悪いから」
『(誤魔化したっ!?)』
どう見ても黄色い表紙(タウ○ページ)なのに……こいつ、意外と強がりだったんだな。

「深夏って、その……歌とか、良く歌うのか?」
守が、何処か落ち着かない様子で深夏に問いかける。
とはいえ、対象である深夏は正反対で、いつも通りの深夏であった。
「んー、あたしはそんなに歌う方じゃねぇけどな。守は?」
「えっ!? お、俺は……その……姉貴の手伝いとかで少し」
「ふーん、そっか」
何だろうね、この妙なやり取りは。
『お前はトマトか!』と言いたくなるような守と『俺はポテトだ!』と言いだしそうな深夏。
すっかりしゅんとしてしまったトマトはともかく、元気120%ポテトが『さて、んじゃあたしが一番乗りってことで』と元気にべしゃる。べしゃると言ったらべしゃる。
「……あれ? 姉貴の曲は?」
「…………」
何故か巡が、マイク片手に立ち尽くしていた。
そして、79点と書かれた手元の電子版。
「もしかして……曲、終わった?」
「えぇ、あんたたちがあたしの歌をBGMにして、タウ○ページでウハウハしてる間にねぇっ!」
「ひぃっ!?」
巡の発する異様なオーラに心当たりがあるのか、守は自らの腕を抱き、蹲る。
あの深夏ですら、動揺を隠せていなかった。
中目黒は……あぁ、あれ、死を予感した人の顔だわ。
これが後に、『宇宙でびるの誕生』と囁かれたのは、言うまでも無い。


「まぁ、気を取り直して……み、深夏の歌、聞きたいな」
守、お前は乙女か。頬染めるな、気持ち悪い。
「うっし。そんじゃ、いっちょやりますか」

~ライジングエア~

これ、歌になってたんだね……。
そして歌、終了。
電子板には、72の数字。
「……ふぅ、こんなもんかな」
「……パターン青! ブルーレイです!」
「まさかの高画質っ!?」
名言せざるを得なかった。何て言うのかな、こう、堪らないよね、ギャップって。
「いやぁ、深夏の声が何かもう普通に意味で好きになったわ、余計」
「何でお前は呼吸するレベルのスピードで口説き文句言えんの!?」
守が何か言ってる、でも聞かなかったことにする。
「そっ、そうよ! あんた、だから節操が無いって言われるんでしょ!!」
巡も何か言ってる、でも聞かなかったことにする。
「つーか、あたしの声を録音するなら画質に拘る意味すら無いだろ」
「いや、何かもうね、綾波ブルーレイって感じです」
「それ言いたかっただけ!?」
「さぁ深夏、俺とデュエットしようじゃないか! さぁ、二人の愛を育む歌をっ!!」
「普通の歌ならまだしも、鍵と愛を歌うとか罰ゲームじゃねぇか」
待て、俺と歌うということが、罰ゲーム扱いとは聞き捨てならん。
「深夏っ! 杉崎は置いておいて、おっ……俺とデュエットしようぜ!!」
「ほう、スペース守。俺の深夏とデュエットしようだなんて、百年早いことを思い知らせてやろう」
「スペース言うな、スペース」
「それじゃぁ、深夏さんと守君、僕と杉崎君でデュエットしようよ」
「だが断る」
何でこいつは、俺との距離をグイグイ縮めてくるんだ。
「とりあえず、守と杉崎、得点が高い方が深夏とデュエットでいいじゃない」
すると巡は『ほら、守、歌いなさいよ』と、マイクを守に投げ渡す。
「よし・・・・・・俺は、深夏とデュエットして見せるぜ!」
守が、意気揚々とマイク片手に立ちあがる。
「頑張れ守。応援してない」
「守、あたしは信じてるぜ、お前の微妙さに!」
「私の弟として恥ずかしくない程度に歌ってきなさい」
「杉崎君……」
「待てぇっ! お前ら間違いなく俺のこと貶してるよねっ!? そして善樹、間違いなく俺のことアウト・オブ・眼中だよねっ!?」
「おい守、あんまり同じネタばっかり使ってると、嫌われるぞ」
「うっ! 深夏が……そう言うなら」
「あっ。曲始まるよ、守君」
そんなこんなで、曲が始まる。


~弟は白骨化していた~

「誰だ曲変えたのっ! そして何でこのチョイス!? 弟に自分白骨化的な未来予知っ!?」
「なら私が歌う? 二回目だけど」
「姉貴が歌うと更に状況が悪化することに気付いてくれないかなぁっ!?」
ゴタゴタ言う守は、曲を新たにセットし、歌い出す。

~Treasure~

「こらこらこらこら、それは俺の美少女ハーレムしか歌っちゃいけないんだよ! ってかそれを抜いても深夏と被るしっ!」
「まぁまぁ、どっちが上手いのか、これで分かるじゃない?」
「うぅ……善樹、お前ってやっぱ、さり気なく酷いな」
「ほらほら、曲、始まるよ」
『(こいつ……今度は聞かなかったことにする気だ)』

歌、終了。
手元の電子板には……49点。
『…………』
「な、何か言ってくれよ! 俺、凄く複雑な気持ちになるからっ!」
なんというか、守の歌は……微妙、だった。
「物足りないって感じがするね……」
中目黒がそう言うので、俺は分かり易く付け足す。
「しいて言えば、し○かちゃんの入浴シーンが無いド○えもん見たいな物足りなさだ」
「知るかよっ! そんなものは、本人である俺すら求めてないからっ!」
「ガッカリね。私はもっと意外性を求めてたんだけど」
「カラオケで求めるっ!? 意外性、求めますっ!?」
「守……本当にガッカリだよ。ガッカリオブザイヤーだよっ!」
「えぇっ!? またか、またなのか!? 自覚する間もなくそんなどうでも良さそうな賞、二冠しちゃったの、俺!?」
そんな守に、深夏が激励の言葉(遠回しの追い打ち)をかける。
「さすがだな、守。……ガッカリオブザイヤー」
「褒められているのか、虐げられているのか、どのみち俺は救われない気がする」
「我が弟ながら、救いようがない、の間違いじゃないの?」
「ほぅ、言ってくれるぜコノヤロー」
「……潰す」
「さぁ来い姉貴! 俺は一発殴られただけで死ぬぞぉっ!!」
まさかの死んだフリ作戦だったが、あくまで戦う姿勢を崩さない守に、俺は少し関心した。お前、結構漢らしいところあるじゃないか。
「……パロ・スペシャル」
「ざんねん!! おれの ぼうけんは ここで おわってしまった!!」
中目黒は守のぶじをつよくいのった! しかしいのりはとどかなかった!!
俺は守のしをつよくいのった! いのりはつうじた! 守はしんでしまった!!


「よし、次は鍵だ。頼んだぜ」
「おう! 守には負けないぜ」
「守君なら、杉崎君は勝てると思うけど……」
その瞬間、守が善樹を連れ、消え去ったのは、言うまでも無い。
「ま、この流れならこの歌しかないか」

~Treasure(2010)~

「さ、杉崎のお手並み拝見ね」

歌、終了。
『…………』
「何だ、その目線」
空気が……重いっ! 重すぎるっ!!
「えっと……あ、いや、巡や深夏に敵わないことなんて重々承知之介なんだけどねっ!? 俺の歌、そこまで酷いっ!?」
何だか誰も喋ってくれず、途端に不安になる。守もこんな扱いだったのか……あいつに少し同情するよ。
「杉崎……」「鍵……」「杉崎……」「杉崎君……」

ちょっと待て。

「えっ! ちょ、何だその目っ! おい巡、深夏っ! 嬉しい気がするけど、何か二人のその潤いを帯びた目は何だかキモいっ! あと男っ! とにかくその危ない目線やめてくれぇっ!!」
「くっ……負けたぜ、近藤さん」
「ちょ、ちょっと!? 駄目だよ! 絶対にそっちの名前で呼んじゃ駄目だってば!!」
「プライドが高く、知的でクールなスパイダーと呼ぶべきだろうか」
「シャ○ウっ!? て言うかやめてぇっ! どっかの蜘蛛じゃないから、俺!!」
「……噛み殺す」
「その台詞、改めて聞くと恥ずかしいからやめてぇっ! 某家庭教師漫画に迷惑だからやめてぇっ!!」
近藤さんどころか、色々と迷惑極まりない会話内容だった。
因みに、ス○ライは面白かった。
「抹殺者(イレイザー)のほうが呼びやす――」

「ちょっと頭……冷やそうか」

途端に静かになった、二年組。
「で、結局何点な訳よ、ねぇ」
ぶっちゃけ、凄く気になる。守には負けたくないしな。
「え、あ……97点」
「だっしゃぁ! これで、深夏とのデュエット権は俺のもんだ!!」
「よし、あたし、善樹とデュエットするわ」
『Ω ΩΩ<ナ、ナンダッテー!!』
俺、守は勿論のこと、ご指名を受けた中目黒も驚愕する。
「みっ、深夏! 俺とデュエットするんじゃないのか!?」
「スマン。正直、あたしは邪魔だと思う。ついていけないと思う」
「えー!」
適当に歌っておけばよかったぜ畜生。


「ほい、中目黒」
「……え?」
「え? じゃなくて、ほら、お前の番だろ」
「う、うん……曲探すまで、待っててくれるかな」
「早く決めなさいよね。それより杉崎、飲み物を頂戴」
「僕も、少し喉が渇いたな」
くそ……店員という立場でなければ、こんなことには……。
「いや、コンビニの時のお前の態度は、店員が客に対するそれとは程遠かったけどな」
「何で男の守にまで心読まれなきゃならないんだろうね、うん」
軽くショックだった。まぁ、この兄弟はマインドリーディングが出来るので、今更気にする程でも無かっただろうか。
「まぁいいか……(キリッ)お客様、お飲み物は、何に致しましょう」
「切り替わり早えな、おい」

「……もしもし、真冬?」
「もしもし、お姉ちゃん? どうかしたの?」
「今、鍵達とカラオケに居るんだけどさ、あと一時間くらいしたら戻るから、留守番、頼んだぜ」
「うん、番犬になったつもりで待っておくね。……杉崎先輩達、今どうしてる?」
「いや、番犬になれとまでは言ってないから。それと、あいつらは……真冬、凄ぇぞ。鍵が硬くて黒光りするアレ(マイク的な意味で)を善樹の口元にな」
「そっ、それはけしからんですね、はぁはぁ」
「さっき番犬つったのに、バター犬になってないか、お前」
「そ、そんなこと、はぁはぁ」
「あぁ、善樹の手が鍵の黒光りするアレ(マイク的な意味で)を握った」
「はぁはぁ……駄目だよお姉ちゃん。それ以上は……真冬、壊れちゃうっ!」
「うん、とっても危ないからやめような、その発言。……あ、善樹が握りながら喉渇いたって」
「は、はうぅ……バタリ」
「妄想も程ほどにな」
「わ、分かったよぅ……」

「何だ、深夏は電話か……」
「ん、あぁ、鍵。何だ?」
「深夏、お前は何が飲みたい?」
「うっわ、この状況でそれ言うか、お前」
「? 何の状況だよ?」
「い、いや、何でもない。何か適当な黒い炭酸飲料で頼む」
「それもう完全に指定しちゃってますよねぇっ!?」
「うっせ。とにかく頼んだ」
ま、まぁ何だか人と話しているようなので、これ以上のツッコミは控えることにした。
「それじゃ、飲み物もってくるわ」
「行ってらっしゃい、杉崎君。あぁ、僕、これ歌う事にしたよ」
「ん? どれどれ――」

~ロード~

『えぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!?』


「はわっ! どっ、どうしたの!?」
「い、いや何でも! 何でもないような事が幸せだったと思う」
「何故高○ジョージさんっ!?」
「あぁ、何でもない夜の事だ」
「そ、その夜には二度と戻れないから、楽しんでおいで……」
「ラジャー!」
「じゃ、じゃぁ、真冬はこれで」
「おぅ、それじゃ後で……あぁ、そうだ真冬」
「ん? 何?」
「ブルースハープ買っておいてくれ、分かり易く言うとハーモニカ」
「お姉ちゃんって、結構影響されやすいよね……いや、今に始まったことじゃないけど。まぁ気が向いたらね、それじゃ」

「ほい、お待ちどうさま。深夏はコーラな」
「おっ、サンキュ」
その時、コーラの瓶を握る俺の手と、深夏の手が触れ合った。なんとも『それなんてエロゲ』状態である。
その瞬間、深夏は、はっとし、俺にこう言った。

「やべぇ、鍵と手が触れ合っても……全然ドキドキしねぇ」

「うん、嫌がらせだね」
遠距離攻撃に見せかけて、実は近距離攻撃だった。このツンデレが……。
まぁ、こんな事態は慣れていることだ。何だか深夏の様子が少しおかしいが、俺は他のメンバーにも飲み物を配りに行く。
「おい、巡。適当にアイスコーヒーを――」
「私に対して、その接客態度は何かしら?」
「巡様、アイスコーヒーをお持ちいたしました」
「早っ! 掌返すの早っ!!」
何だか五月蠅いので、守は後回しにして、中目黒に飲み物を渡す。
「ほら、中目黒。おまえはいっちょまえにメロンソーダ(バニラアイスクリーム+サクランボ入り)だ」
「ありがとう、杉崎君」
「待て、お前ら。何だその『いっちょまえ』ってのは。つーか杉崎はあれか、やっぱり『こっち』か?」
「ちげーよ、俺はBLでも二刀流でもない」
「ふぅ。最低限、男としての責務と言って差し支えないしな。身の危険が一つ減ったぜ」
「その通りだ。そして守よ、ツッコミばかりでは、世の中生きていけんぞ」
「その、あるわけでもない白髭を撫でるような動きやめろや。それに、お前のはボケとツッコミがリバーシブルしすぎなんだよ。……ほら、早く飲み物よこせ」
「そんな守様には、このポン酢をどうぞ」
「おぅ、サンキュ。ってゴルァ! 何渡してんだよ、お前!? いやいや、氷とか要らないから、人の話聞けよ!?」
「全く(がしゃがしゃ)守は……。人の折角の(ジャカジャカ)御好意を本当に(ジャカジャカジャーン)無視するよな(ジャカジャカジャッジャーン)」
「氷入ったバケツで遊ぶなよ! 心なしか、氷のテンション上がってませんっ!? 何かジャカジャカ言ってんぞ!?」
本当にツッコミしかしないので、約90%が氷のグラスに、ポン酢を注ぐ。
「ほらよ、コーラ(~彩り鮮やかな飾り葉とレモンの切り身を添えて~)」
「嘘だッ!!」
「うーん、そのネタも飽きたわ」
「知らんわ! 何でお前の都合でネタ合わせなきゃならねーんだよ!?」
「え……俺、主人公だし」
「これだから議事録のキャラはぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ちょっ、それ、あたしも入ってね!?」


守が騒ぎ出した。ここが防音性のカラオケBOXじゃなかったら、ただの近所迷惑極まりない。
「あぁ、そうさ。どうせ俺達黙示録組は、シリーズの合間に発売される、小さい外伝の中で生きていくしかないのさ……ははっ、どうせ……ブツブツ」
「なぁ、巡。お宅の弟さん、ブツブツ言ってますけど大丈夫でしょうか」
「誰のせいよ……適当に慰めの言葉でも、かけてあげて」
「イ、イエッサー!」
タッタッタ、と守に駆け寄り、慰めの言葉を囁く。

「頑張れ」

「それは、この状況では慰めの役割を果たしてないよな!?」
「お礼の一つも言えないのか、慰めてやったと言うのに」
「あぁ、いいとも。感謝しますよ杉崎さんよぉ! お前を倒すチャンスを与えてくれてなぁっ!」
「おぉっ!? 鍵と守が戦い始めたっ!!」
「我が弟よ、杉崎を倒し、冷凍して持ち帰るわよっ!!」
「冷凍したら、命まで冷凍されそうな気がするよ……」
「守、↓ ↙ ←よ!」
「さぁ、行くぜ杉崎! 竜巻旋風脚!!」
「ちょっ、お前コマンド式かぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

夜のカラオケBOX内で繰り広げられる会話とは思えない内容なのは、今更である。
まぁ実際問題、本当に今更である上、気心知れた2-B組だ。
俺にとって、生徒会と同じくらいに、大切な居場所であり、守りたいと思ったものでもある。
そして三十分ほど歌い続け、ふと俺を除くメンバー、つまり四人に、問いかける。
「所で、お前ら。そろそろ帰らんのか」
「鍵が変なこと言ったせいで始まったんじゃないのか、この雑談」
「深夏、それは気のせいだよ」
すると巡が、呆れた様子で口を開いた。
「気のせいじゃないでしょ! まったく杉崎は……もぅ」
何故顔を赤くする。あれか、俺のことが嫌い過ぎて、血液が沸騰でもしたのか。
「しっかし、久々に歌ったから眠ぃな……ふあぁっ……ふぅ、あたし寝そうだわ」
「そんな客を、やすやすと見逃す、俺」
深夏は、よろよろとした歩きで、洗面所へ向かった。……つーか家帰れよ! 帰ってから寝ろよ、お前ら!
「俺も、歌なんて久々だからなぁ……」
「私は仕事で何度も歌ってるけどね。……でも、これはさすがに……はぅ」
「僕も……杉崎君を見てたら眠くなって……」
「理不尽なっ!?」
気付けば、この部屋は俺以外、皆……。

『…………』

「……え?」

『…………ZZZ』

爆睡していた。



  • 最終更新:2010-09-27 18:34:07

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