Kさんの小説6-8

~月曜日の生徒会~

「人は常に、意外性を求めるものなのよ!」
会長がいつものように小さな胸を張ってなにかの本の受け売りを偉そうに語っていた。
役員は皆『また何を言い出すと思いきや……』的な視線で会長を見つめる。
「あれですか、本と言っても、水商売の本の受け売りか何かですか?」
「全く、これだから杉崎は駄目ね」
一体俺が何をしたのだろうか。いや、何もしていない筈なのだが。
俺の疑問を知ってか知らずか、この上から目線(物理的には下から目線)をする会長は、異様なオーラを漂わせていた。
いや、確かに異様なオーラ持ってるけどね。
「会社を立ち上げるわよっ!」
「無理です」
「な、何でよ! 行き成り否定しないで欲しいわね!!」
「なら会長、どうすれば会社が建てられるか、分かりますか?」
「え? そんなの……ドーンってすればいいんじゃない?」
駄目だこの会長……早く何とかしないと。
「まぁどの道会長は『アルバイト募集貼紙を見て来ました!』『ちゃんと見ましたか? 十八歳以上ですよ』と流されるパターンでしょうし」
「どっ、どういう意味よっ!」
会長は憤慨し、俺に向かってぎゃぁぎゃぁと叫ぶ。今日も可愛らしいなぁ、会長。
「まぁ、いいですけどね。それで何作るんです、この会社」
「ふっふーん、まずは……ライトセイバーよっ!!」
『無理だ―――――――――――――――――っ!!』
「ふぇっ!? で、出来るよ! 私は神だよ? そんなもの、パパーンだよ!!」
「そんなもの、パパーンの一声で作られてたまりますか!」
絶対に科学を舐めてやがる、このお子様社長。
「大体、ライトセイバーは本物じゃなくとも、既に作られてるじゃないですか」
「あんなもの、子供が遊ぶ"おもちゃ"じゃない。本社は常に、安全かつ大胆かつ究極の本物ライトセイバーを作ることに賭けてるわ」
「……何だか俺達四人が、お子様社長に遊ばれている"おもちゃ"そのものなのではないかと思えて来ました」
「それに、究極のライトセイバー(本物)は、危険すぎると思います。大胆、という点では間違っていませんが……」
「ふふふ、アカちゃん……いつ見ても飽きないわ」
知弦さんは、相変わらず会長にうっとりした視線を向けている。
すると深夏が『なら会長さんっ!』と元気に発言する。
「スカウター作ろうぜっ!!」
「無理だろ、常識的に考えて」
七つの玉を集める物語に入り込むのだけは避けたい。
「出来るさ! ちゃんとその人の感性を元に、繊細な数値化システム、さらには認めたくない数値を計算した場合、自動的に爆発する仕組みも完全再現!!」
「余計に無理だろ、根本的に考えて」


「ったく、鍵、ノリ悪いぞ?」
「それにしてもこの深夏ノリノリである」
「適当に誤魔化そうとしてんじゃねぇ(ゴリュッ)」
「ちょっ、深夏! 背中の柔らかな感触の嬉しさとは裏腹に、首の骨が悲鳴を上げまくっているで(ザクッ)ござんすっ!!」
ござんす、特に意味は無かった。
「お前、やっぱりあれか? エボリューションに取りつかれたあいつなのかっ!?」
「あいつって何だ、あいつって! アッー!! 深夏、ギブギブ、折れる折れる、さながらポ○キーのようにポキッっと折れるってば!!」
因みに、エボリューションは見なかったことにしたい。きっとあれは幻だったんだ。
「駄目だ。お前の話にはついていけないわ」
「ふっふっふ、諦めるのか、深夏よ」
「……ほぅ、随分と挑発的な態度だな」
「深夏は言ったな『人生という名のバッターボックスに入ったら、見送りの三振だけはしてはならない』と」
「いや言ってねーから、断じて」
「深夏……お前、変わっちまったな……」
「この場面、あたしは怒っていいんだよな、鍵」
バキンッ!
「深夏様は善良人です」
「ふふん、よろしい」
何故か足を組み、女王様スタイルで俺を見下す深夏。これがそういう仲である男女のやり取りなのだろうか。
このままでは俺と深夏の夫婦漫才になってしまうので、真冬ちゃんを会話に取り入れる。
「真冬ちゃんは……うん、取りあえずそのBL本をしまいなさい」
「杉崎先輩の敏感な所に、中目黒先輩のゴールドフィンガーが――」
「しまおうか」
「ふっふっふ。この真冬、お前の光線ごときでチョコにされるほど甘くはないわ」
「行き成り真冬がベ○ーになった!? 何の前フリも無い上に鍵はウ○ブ役なのかっ!?」
「つっ、強い! 何だ、この強さは!?」
持ってもいないスカウターを弄るような動作をする。正直ちょっとイタいが、案を出す為ならしょうがない。
「真冬の戦闘力は530001です」
『誤差で上回ってる!?』
「杉崎先輩の戦闘力は……たったの5か……ゴミめ」
「うぅっ、うぁああああっ!」
まさかハーレムにゴミ扱いされるとは思わなかった、号泣する俺。
「み、深夏ぅ!」
「またあたしか、おい」
とか言いつつ、やっぱり一度身体を重ねた深夏は、今までのようなツンツンさを見せず、ごく自然な様子で、俺を受け入れてくれる。
そんな俺達二人を、少し複雑な様子で見る他三人。
しかしすぐいつもの顔に戻り、真冬ちゃんが口を開く。
「先輩……ごめんなさい、調子乗りました」
「わ、分かってくれればそれでいいんだよ、真冬ちゃん」
「先輩は、ミジンコですもんね」
「あぁっとぅ! 今一番慰めという施しが必要な男に真冬ちゃんが言葉のナイフを振りかざしたぁっ!!」
とっても鋭利なナイフに、俺の心は刺されるというよりも抉られるような損傷を得た。
「相変わらず俺の自尊心をガリガリ削るよね、真冬ちゃん」


「あの三人は、随分と盛り上がってるわね」
「会長たる私を差し置いて……楽しそうに」
「まぁまぁ、会長落ち着いてくださいって」
「杉崎が分身したっ!?」
「えぇ、実は分身の術を少々」
「少々で二人に実体化できるの!? それはもう、科学ではどうにもならない原理だよっ!!」
「今ならお試し無料キャンペーンもやってますよ。最後までやれば五人に分身するくらいは昼飯前です」
「お試しプライム凄っ!? だけど残念、昼飯前っ!!」
神だの何だの言っても、中々現実を見ているようだ。
「アカちゃん、ドラマか映画なんてどうかしら」
知弦さんが、ここぞとばかりに提案する。
「ふむふむ。中々良い案ね、知弦」
「アニメ制作では大失敗しましたけど、実写なら良いかもしれませんね」
「よし、なら特撮やろうぜ、特撮!」
「却下よ!」
「えー、何でだよ会長さん」
「特撮だと、イエローが本気出すから駄目よ」
「真冬も、それには同意せざるを得ません」
「うー……じゃぁ、何か言ってくれよ、案」
「うーん、例えば……」
「会長、これはあまり使われませんが、タイトルから決めてはどうですか?」
本来は、曲の歌詞などから抜き出したりするのがタイトルだ。
が、素人の生徒会では思いつかないだろうし、タイトルから決めると楽だと思い、提案する。
「じゃぁドラマのタイトルは……」
そう言って息を整え、会長が口を開く。

『深夏の恋は虹色に輝く』

「際どいっ! それ、かなり際どいっ!!」
深夏が過激に反応するほど、危ない発言だった、月9的な意味で。
「ちょっとパクりな気がしますけど、脚本までそっくり真似ることはしません! なので、是非俺が主人公でいかせてくださいっ!!」

「え、ヒロインは中目黒君だけどいいの?」

「何でだぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
予想外、酷いタイトル詐欺だった。


「会長さん……何でタイトルにあたしを入れたんだ」
「真冬ちゃんがどうしてもって言うから……ねぇ?」
「真冬、会長を見なおしました! さすが会長! いえ、神よ!!」
何だか良くわからないが、神に仕立て上げられていた。また会長が調子に乗りすぎなければよいのだが。
「なら、映画で考えてみたら?」
知弦さんがまたもや提案する。完全にこの人、俺達を弄っている気がしてならない。
「よし、決まったわ!」
「おぉっ! マジですか、会長!!」
さぁて、一体どんな案件が飛び出してくるんだろうか。

『心踊る大捜査線』

「何だか、すっごくワクワクしてそうな捜査本部ですねっ!」
凄く緊張感のなさそうな映画だった。会長の思考回路封鎖できません!
「つーかパクりだけじゃねぇかよ」
全くもって、正論である。
「脚本は完全オリジナルだから問題無し!」
「いやタイトルが……まぁいいでしょう。そこまで言うのなら、その脚本とやらを見せてもらいましょうか」
「ふ、ふっふーん、任せておきなさい」

201X年、ここ、桜野クリムゾンパークは、異様な空気に包まれていた。
「……何者だ」
「わが名は……杉崎鍵だ!」
「どの面下げて戻ってきた」
「……この面だ」
『…………』
「そ、そうか」

「すとぉぉぉぉぉっぷ!! 何ですかこの厨二っぽさと異様すぎる空気! 無理ですよ、ボケがあるのにツッコミが無いのは動画的にも駄目ですって!!」
これは、洒落にならない。これを映画だとは、絶対に言えない代物であった。
「むー、杉崎がうるさいから中止」
いや多分、俺でなくとも何れストップがかかったであろう。
最後なんて『そ、そうか』ってちょっと怖気づいてるし……会長の意図は全く分からない。むしろ意図があるのかすらも。
すると知弦さんが、またまた的確なアドバイスを提案する。
「なら『イン○プション』みたいに、有り得ないことを映画にすると面白いんじゃないかしら」
「いや、既に杉崎の存在が有り得ないからねぇ……」
「失礼な。桜野クリムゾンパークなんてトンデモナイものを生み出す会長よりは大丈夫だと思ってます、はい」


「なら先輩は、良い案あるんですか?」
真冬ちゃんが俺に問う。
「ふっふっふ、愚問だよ、真冬ちゃん」
「あ、そうですか。はいはい、です」
「質問した癖に随分と淡白ですね」
「真冬、ゲーム以外のことにあまり興味はないのです」
「そ、そう……なら何故聞いて……いや、何でもないよ」
墓穴を掘るような気がしたので、これ以上の干渉は控えることにした。
「それじゃ、行くよ」
「は、はい……って、何で後ろから真冬の左肩に手を――」
そして真冬ちゃんを抱き寄せ、耳元で囁く。

「未来で待ってる」

『時をかける真冬―――っ!?』
「行けるね、これ」
「いやいやいや、散々言っておきながらお前もパクりじゃねーか!」
「いいんだよ、泣ければ」
「泣ける奴はいないと思うけどな! つーかアニメだし!」
どうやら、皆の涙腺には響かなかったようだ。
「アニメでも、実写化する奴はあるだろう。例えば、まるで次元の違う超技を繰り出すテニスが大好きな『王子様』が大活躍する――」
「すまん、あたしが悪かった」
深夏は、本当に申し訳なさそうな目で、俺に謝礼してきた。
「特に『トルネードスネイク』は有り得ないだろ」
「いや、あれは出来るな」
「ははは、今日も空が綺麗だなぁ」
「出た! 杉崎先輩の、話題逸らしだ!!」
これ以上この話題とやり合っていたら、別次元に引きこまれる可能性がある。つーか深夏が一年役かよ。
すると、知弦さんが何かに気づいたように、左を向く。
「……真冬ちゃん?」
「……は、はい」
知弦さんの言葉に対して、曖昧な態度で応答する真冬ちゃん。
「真冬、どうした?」
「顔、真っ赤だよ?」
深夏と会長も、挙って真冬ちゃんの顔を心配そうに覗き込む。
「もしもし、真冬ちゃん?」
「……先輩、少しだけでいいので、御同行願います」
「えぇっ!? まさか俺、連行されるのっ!?」
もしや心踊る大捜査線のシナリオこそがこの会話なのだろうか。
「駄目よ、真冬ちゃん! 今は神聖なる会議の時間、途中で抜けださせる訳には『……ソーダ飴でもどうぞ』行ってよし!!」
『ソーダ飴の権限強っ!?』
むしろ、会長が菓子類に弱いだけなのだろうか。皆、可愛らしくソーダ飴を頬張る会長を見る。
「んぅーっ! シアワセ……」
『(人生楽しんでるなぁ……)』


会長という平たい壁(様々な意味で)を、見事ソーダ飴で破った真冬ちゃんに連れられ、俺は……教室に来ていた。
「って、……ここ、一年の部屋だよね?」
「はい。ここは真冬のクラスの教室。1年C組の教室です」
と、言われても。俺は一年生のクラスに行くことが滅多にないわけだが……。
「……そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな、真冬ちゃん」
「……はい。キョ――」
「ナイフ取り出す仕草するのはやめようっ!?」
ここはどこかの改変空間にされてしまうのだろうか。いや、現実にそんなことがあってもらっては困る。
「取りあえず……すみませんでした。いきなりこんな所に連れてきてしまって」
「え……あぁ、それは良いんだけど……何故、誰もいないんだろう」
「真冬がお願いしたんです。生徒会の方針を決める為と偽って」
「うわーお、職権乱用ダメ。ゼッタイ」
結構荒い方法で教室を独占なさっていた。真冬ちゃんのやることは、スケールが違うね。
「……先輩」
「ん? 何、真冬ちゃん」
「これからは……鍵先輩で、良いですか?」
「けっ、ケンセンパイ!? あ、いや……それは構わないんだけどね。その……どうして、急に?」
「真冬がそうしたい。ただ、それだけです」
「……そっか。まぁ真冬ちゃんがそこまで言わなくても、呼び方なんて自由でいいよ」
「ありがとうございます、すぎっ……鍵先輩」
早速杉崎と呼びそうになり、少し顔を赤らめて言い直す真冬ちゃん。うん、これは可愛い。
「じゃぁ先輩。連れてきた理由何ですけど……良いですか?」
「あ、うん。俺もそれが聞きたかったんだけどね」
「それじゃぁ……すぅ……」
真冬ちゃんは可愛らしく息を整え、何と俺に一歩程近づき、目を見て言った。

「真冬は鍵先輩の事が、好きです」

「……真冬ちゃん」
「違うんです、先輩。真冬が言っているのは、本当の意味での『好き』何です」
「えっと……それって」
「はい。真冬は、前よりもずっと、ずっと。鍵先輩のことが、好きです」
嬉しい。何よりも、あの真冬ちゃんが俺を、前とは少し違う意味を含めて好きになってくれたことが、とても嬉しかった。
「真冬ちゃん。俺はハーレムを目指すような、一般とは若干違う思想を持つ男だけど、それでも俺の事、好きでいてくれるかな?」
「もちろんです。真冬はそんな先輩だからこそ、今ここで、告白をしているんです。前の『言っておきたかっただけ』とは違う、本当の想いなんです。だから……」
ちゅっ
「まっ、真冬ちゃんっ!?」
深夏にされた時よりも早い、ほんの一瞬だったが、あの男嫌いな真冬ちゃんが、俺の唇に、自分の唇を触れ合わせた。それはきっと、偉大なことなんだと思います、先生!
「……真冬は、男の人と向き合う決心がつきました。もちろん、BLは好きですけどね」
「やれやれ、真冬ちゃんには敵わないな。そして二言目は聞かなかったことにするよ」


《椎名真冬視点》

ずっと怖かった。
何かが変われば、何かが壊れてしまう。大切なものを変えれば、大切なものが壊れてしまう。
真冬が鍵先輩を想っても、それだけ。それだけで、終わる筈だった。
なのに……真冬はあの時、先輩への想いを告白してしまった。
いつか壊れてしまわないように、ずっと気付かないふりをしていた。
「……お姉ちゃんも、鍵先輩も……同じなんだ」
「ん……真冬ちゃん?」
どうやら真冬、自然に声として発していたようです。
「……何でも、ありません……」
先輩はそう言うと、真冬の顔を見つめ、何かを理解したような顔をする。

「真冬ちゃん。上手く言えないけど……ありがとう」

その顔は、真冬の心に多大な影響を与えた、あまりにも真面目で優しげな顔でした。

「本当に……ありがとう」

恥ずかしくなってしまい、その言葉を聞き終わるまでに、真冬は思わず目を逸らしました。
もう、真冬は想いを我慢したくない。それを、真冬自身が教えてくれました。
「真冬ちゃん、俺の事を好きになってくれているなら、一つだけお願いがあるんだ」
「……何、ですか?」
「俺みたいな奴が言える口じゃないんだけどね……」
少し虚ろな表情をした後、真冬をみて微笑む先輩は、こう言いました。

「もう、一人で抱え込まないでほしい」

「……ふぇ?」

もう、一人でって……?
「俺は、君のお姉ちゃんに助けられた。いや、違うかな。喝を入れてもらった」
完全に先輩ペースな支配空間の中、鍵先輩は続ける。
「そのお陰で、俺は皆に好きだって、気持ちを伝えることが出来る程の度胸を持つことができた」
「気持ちを……伝える……」
「そして俺は、真冬ちゃんに助けられた。真冬ちゃんのお陰で、俺は君みたいな子を守れるように努力することができた」
「そ、そんな……真冬は何も……」
途端に、恥ずかしくなってしまいました。はぅ。
「だから俺は、一人じゃ何もできなかった。皆のお陰で、今の俺がここにいる。だから、俺は皆を幸せにするよ」
「やっぱり真冬は、鍵先輩のことが……好きです」
「……ありがとう、真冬ちゃん」
……やっぱり、鍵先輩も、お姉ちゃんも凄いです。
真冬も……お姉ちゃんのように、なれるでしょうか。

鍵先輩……あなたのように、なれるでしょうか。

「そして、そんな鍵先輩に愛されているお姉ちゃんは、幸せ者です」
「……真冬ちゃんも、俺は愛する自信はある、……よ」


《杉崎鍵視点》

……? 何だ、この感じは。
頭が痛い、というより、頭の中から何かが引きだされるような感覚だ。
「何だ……何だよ、これって」
「……鍵先輩?」
「まっ、真冬ちゃ……うぅっ!」
「先輩っ!? 大丈夫ですか!?」
ヤバい、むちゃくちゃ頭痛ぇ……。
真冬ちゃんを見てると……何かを……思いだすような……。

「おーい、二人とも。もうすぐ戻らないと、会長さんがまた騒ぐぞ?」

「お姉ちゃんっ! 早くっ! 早く来てぇっ!!」
「っ!? 真冬!?」
ダッダッダッダ
廊下を、やや乱暴に走る音が聞こえる。
深夏が来てくれれば、なんとかなるのだろうか。それで、良いのだろうか。
ガラッ
「真冬、大丈夫か!?」
「……お姉ちゃん、先輩が……」
「鍵!? おい鍵、大丈夫か!?」
「深夏……あぁ、大丈夫……だ…………」
『?』
えっ……これって……。
二人が同時に視界へ入った瞬間、ホワイトアウトとブラックアウトを同時に行ったような、奇妙な幻想が、俺の頭に流れ込んできた。
「うっ……あっ、あぁ……二人とも……!」
「鍵先輩っ! しっかりしてください!」
「っ!?」

『おにーちゃん、しっかり! ファイト!!』

「えっ……林……檎…………?」
「いつもみたいに、シャキっとしろよ。鍵!」
「うぁっ!?」

『ケン! もっとシャキっとしなさいってば!』

「飛鳥……林檎……やめ、て……くれぇっ……!」
「はぁ? 本当にどうしたんだよ、お前」

『どしたの、ケン』

「大丈夫ですか、先輩……」

『おにーちゃん……大丈夫?』

「お姉ちゃん、保健室に運んだほうが……」

『飛鳥おねーちゃん……平気かな?』

「うぅっ! うあぁ……二人とも、俺は……俺はっ!!」
『っ!?』
「俺は……俺は、林檎が心配だっただけで……飛鳥を傷つけたくなくて……それで……うっぁ……うわぁああああああ!!」
「け、鍵! 落ちつけって!」
「やめろ……やめてくれよ……そんな目で、俺を見ないでくれぇっ!!」
「鍵先輩……どうしちゃったんですか?」
「っ! 真冬、こっちだ!!」


《椎名深夏視点》

「おっ、お姉ちゃん! どうして鍵先輩から離れるのっ!?」
「二人とも、行かないでくれよ……俺は……また一人……」
頭を、爪が食い込んで、血が滲む程強く抱え、蹲る鍵。
「……きっと、トラウマでも思いだしたんだ」
「トラウマって……っ! 林檎ちゃんと……」
「あぁ、飛鳥って人もそうだった筈だ」
以前も、鍵自信の口から語られた、二股の件。それはあまりに切なくて、あまりに虚しかった。
「それじゃぁ、鍵先輩はもしかして……」
「きっと、あたしを飛鳥に、真冬を林檎に重ね合わせてるんだ……」
そう言って、あたしは鍵の方を見る。
「でも……違うんだ。俺は……俺は……っ!」
尋常じゃない量の汗を出しながら、鍵は空想の二人に一方的な会話をしている。
そんな、相当な位置まで追い詰められている鍵を、これ以上見ていられなかった。
いてもたってもいられなかった。だから、あたしは鍵に駆け寄った。
「鍵、落ちついてくれ。あたしは飛鳥じゃない、深夏だ」
「うぅっ……ぁ、深……夏……?」
「あぁ、お前の大好きな深夏。椎名深夏だ」
「深夏……どう、して……」
「それはあたし達の台詞だっての」
あたしは、鍵の心を少しでも和らげてやりたいと、鍵に尋ねた。
「なぁ、鍵。少しでもいい、ほんの少しでも良いから……話してくれないか?」
「……俺はまた……二人を傷つけて……」
「…………」
「いや違う。二人を傷つけてしまう事よりも……傷つけて二人が、皆が離れて行ってしまう事が怖いんだっ!」
「…………そっか」
あたしには、何も答えることが出来なかった。自分に答えを問う事すらできなかった。
「俺は優しくなんかないんだ……。俺は、ただの臆病者なんだよっ!!」
「…………知ってる」
「っ!」
「確かにお前は、臆病者なのかもしれねーな」
「…………」
「けど、本当は……」
「深夏……いいんだ」
鍵を責めても何も変わらないってことくらい分かってる。それなら、あたしは何をすれば良いのだろう。

あたしは自分自身の為に、何が出来る?

あたしは真冬の為に、何が出来る?

あたしは鍵の為に、何が出来る?


そんなことは分からなかった。
でも、もう真冬の時みたいに、間違ったことで知らぬ間に相手を傷つけたいとは思わない。
だからあたしは……。

「鍵。あたし……待ってるよ、ずっと」

「……深夏?」
「あたし、不可能を目指せって言ったよな」
「…………」
「だけど、やっぱり最後の選択は、鍵本人がするべきだと思うんだ」
そう、あたしは鍵を動かすキッカケでしかない。
「……ごめんな、変なこと言って。言いたいことは……それだけだから」
これ以上、鍵の前に居ることが辛かった。
本当に鍵の為を思うなら、一人にしておいてやるべきだと、そう思った。
「っ! 鍵っ!?」
そしてあいつは、あたしが部屋を出るよりも先に、この家から去ってしまった。

『……………………』

沈黙と言うより、長い静寂。
「……なぁ、真冬」
「……うん?」
「どうしてあたし達はさ、三人とも両想いなのに、破局してんのかな」
真冬もきっと、鍵が好きで、でもそのせいで、あたしを傷つけてるんじゃないかって、迷ってた。
「……それは、真冬達が残した、選択肢だったんじゃないかな」
そんな真冬は、とても冷たいようで、それでいて当然の言葉を放った。
選択肢。絶対に選びたくなかった選択肢。
今の鍵は錯乱状態の筈だ。何の意味もなければ、理由も無い。
あたしは鍵が好きで、真冬が好きで……それだけだった筈なのに!
ガンッ
感情が抑制できず、壁に八つ当たりをする。
痛い。それはもう、手が猛烈に痛かった。本気で叩くと、こんなに痛いのか。
だから、それが何だってんだ?
きっと鍵も、真冬の心も、こんなものとは比べ物にならない程に痛みを感じている筈なのに。
ガンッ

――痛い。

ガンッ

――痛い。

ガンッ

――痛い。

あたしの身体は、取りつかれたように、ただ壁を叩くだけの行動をとった。


《杉崎鍵視点》

俺は怖くなった。二人を見ていると、あの二人を思いだしてしまう。それだけで、怖くなった。
そして二人から逃げるように去った場所から少し離れ、何を思ったのか、生徒会室へ向かう。
それはきっと、俺の生徒会への依存度を示しているのだろう。
……ポツンッ……ザーザー
「? ……雨、か」
肉体的にも、精神的にも参っていた俺は、とりあえず生徒会室の中へ入った。
すると俺は、碧陽学園=生徒会とでも思っているのか、実際そうなのだが、俺の脚は、まさにその生徒会室へ向かっていた。
人間とは、記憶力よりも、無意識な記憶力のほうが強いのだろうか。
ガラッ
そして、無意識に生徒会室へ訪れた俺は、仲良さ気で談話している二人組を見つけた。
誰だ、あの人……知弦さんと随分仲が良いみたいだが。
「あぁ、奏、この子がさっき話した、キー君よ」
奏? 奏……奏……宮代奏?
「あぁ、貴方が……こんにちは、キーさん」
「あぁ、こんにちは……って、キーさんっ!?」
何だか、喜んで良いのか、反応に困るお名前を頂いた。
「ふふっ、冗談です、杉崎さん」
「じょ、冗談ですか……」
聞いた話とはあまり想像がつかない人物像に、一瞬戸惑ってしまう。
自分の空想だった、美少女という点はビンゴだったのだが、あの知弦さんを追い込んでいた人物だということ以外、俺は何も分かっていないのだから。
「どうしたの? 生徒会を抜け出して、深夏もどこか行っちゃうし……。私とアカちゃん二人きり。結構、寂しかったのよ?」
「すっ、すみません……ところで、何故奏さんが」
「私が呼んだのよ。生徒会のことも、話してあげたかったしね」
「な、成程」
そう言えば、そんなことも書いてあったような。
「それで、どうしたの? 道にでも迷った?」
「いや、そんな会長みたいな――いや、あながち間違ってないかもしれませんね……」
一瞬、脳内にちっこいピンク色の生物が現れたが、見て見ぬふりをしておいた。きっと気のせいだろう。
「そう。……でも、もう大丈夫よ」
「……へ?」
知弦さんは苦笑した。そして俺から視線を逸らし、窓を見て、言葉を続ける。
「迷った時は……振り返ってもいいのよ、キー君」
「……振り返ったら、何かが見つかるんでしょうか。俺に今必要な、何かが」
「そうね、見つかるわ。人それぞれだけど……ただ一つだけ、共通するものがあるわ」
「共通するもの……?」
何なのだろう、知弦さんの言っている、共通するものとは。
今の俺は、何にも分からない。空っぽの状態であると、改めて認識した。
だから、そんな空っぽの俺なりに、考えてみる。
自分の歩んできた道に迷った時、振り返れば何が見つかる?
何だ……足跡? いや、単純すぎる。だったら何だ……足跡、記録……記録?

「記憶……ですか?」

「えぇ。でも、正確には、過去よ」
「過去……過去、ですか……」
過去。俺の胸に突き刺さった、過去と言う言葉。
簡単に言えば、俺にとっては良い思い出があまりない。
林檎や飛鳥との楽しい時間よりも、林檎と飛鳥を巻き込んだ、絶望の時間のほうが、長いからだ。
それは、物理的には間違っているのかもしれない。
でも、それは俺の妄想と同じだ。妄想は空想であり、幻想。必ず間違っているわけでもないし、逆もしかり。
「過去……なんて……過去なんて――」

「もう……いいんですよ、杉崎さん」


「……えっ、あ……奏……さん?」
過去なんて、俺には要らないと続けようとした口、いや身体が、突如として、包まれたような感覚に至った。
それは、去年の秋……知弦さんに出会った時と、とても酷似していて……でも、俺を抱きとめているのは、知弦さんではなかった。
「奏……」
知弦さんも、少し驚いた表情で、俺と奏さんを交互に見る。
今でも、鮮明に思い出させてくれる、保健室での思い出。
秋の輝かしい夕焼けが、自ら発光をしているように、輝いている知弦さんと、どうしようもなく、心がズタボロになっていた俺、そして、その保健室を鮮やかに照らしていた。
忘れられない、絶対に忘れたくない、その夕焼けを反射する黒髪が、とても印象的で……俺は、彼女に、心の傷を癒してもらったんだ。
「私が知弦なら……知弦の立場なら、きっと、こうしたと思う」
奏さんは、未だに俺を抱きとめたままだった。
彼女の黒い髪が、更に俺の思い出を、鮮明に蘇らせる。
あの時知弦さんが保健室にいなければ、俺は本当に息絶えていたのではないか。
いや、ただの貧血なら、死に至るなんてことはあり得ない。ただ、俺の心は、あの時既に死に掛けていたんじゃないだろうか。
知弦さんがあそこに居たのは、本当に奇跡だったんじゃないのか。
偶然と偶然が重なり合ってできた、あの奇跡が、今の俺をここに存在させている。
知弦さんは、俺の悩みを、俺の過去そのものを受け止めてくれた。それだけで、涙が止まらなかった。
今もこうして、二人は同じように、俺を優しく抱きとめていてくれる。
あれ、おかしいな。美少女大好きの俺が、身体の感触を確かめることができないくらい弱ってたなんて。
でも、きっと、あの時の俺は、もっと弱っていたんだ。その俺を、そんな俺に、知弦さんはこう言ってくれたんだ。


心の傷ってね。自分で癒えたと思っても、本当はそうじゃないことが多いのよ。

元気に振る舞うことも、空元気も必要よ。だけど……たまには、ちゃんと、感情は吐き出さないといけないわ。ね……鍵君。

いえ……そうね。鍵だから、キー君。

ふふ……名前の通りね、キー君は。自分の心にガッチリ鍵かけちゃってるみたい。

……いえ、鍵をかけているのは……そして、今、開いて癒して貰っているのは……何も、貴方だけじゃないのかも……ね。


……そっか。あの時癒されていたのは、俺だけじゃなかったんだ。
俺と知弦さんは……同じだったんだ。
「あの時の俺と知弦さんは同じで、中学の時の知弦さんと奏さんも同じで、それは……つまり、今の俺と、深夏、真冬ちゃんも同じ。そう、ですよね?」
「もっと言えば……飛鳥さんと、林檎ちゃんも、ね」
「……そう、ですね。ありがとうございます、知弦さん、奏さん」
ははっ。やっぱり、この二人は凄ぇや。俺が吹っ切れ無かった過去を、あの時も、そしてたった今も、俺のの過去と一緒に吹き飛ばしてくれた。
いや、違うか。きっと、俺達は、過去を受け止める強さを、互いに分け合ったんだ。
すると今度は、奏さんが口を開く。
「皆……皆、過去は怖いものなんです。だから、過去と一緒にいなければならない」
「過去と……一緒に?」


「私もね、少し前までは、どうしようも無いくらいに過去の重さを抱えていたの」
少し暗い面持ちで、奏さんが続ける。
その過去が、知弦さんに関する事なのだと気付き、知弦さんを見ながら、奏さんの話を聞く。
「私も、過去が怖かった。大好きな知弦に、あんな酷いことをしていたんだと思うと、体中が震えだした」
その言葉の途中、知弦さんは、特にリアクションを起こすわけでもなく、ただ、奏さんを見つめるだけだった。
「でも……その知弦は、もっともっと、辛い思いをしているんだって、分かったの」
そして奏さんは、知弦さんに、申し訳がなさそうに、そして少し照れくさそうな表情を向けた。
すると知弦さんは、それに気付いたのか、自分が言葉を続けた。
「私も奏も、そして貴方も、同じだったのよ」
「……そう、だったんですね」
「私は、知弦と離れてしまうのが怖かった。皆に知弦が奪われてしまうんじゃないかって、堪らなく怖かった」
「だから……あんなことを?」
「やっぱり読みましたか、あの手紙」
ちょっとマズイことを言った気もしたが、奏さんはあくまで普通通りの態度だった。
「さっき、知弦から、この生徒会のことは聞きました」
「あぁ、何故だか感謝の言葉、綴られてましたね」
「皆のおかげで、知弦の心が癒えたのなら……それは、私にとっても、嬉しいことですから」
そうか……それで、この人は……。
「……知弦さん、奏さん……俺は、俺の過去に、決着をつけられると思いますか?」
「さぁ、どうかしら? 残念だけど、確証は無いわ」
知弦さんがそう言ったことで、少し自信が無くなった。
「やっぱり……そう、ですよね」
すると、知弦さんはそれを見透かしていたかのように「それでも」と続けた。
「それでも、過去を引きずって……いや、違うわね」
そう言って、知弦さんは自らの言葉を訂正し、続けて話す。

「過去を背負ってでも、前に進むことはできる。……そうでしょ? キー君」

「それは……確かに、ですが……」
「知弦はきっと、貴方だから言うんですよ。杉崎さん」
「俺、だから……?」
苦笑をするような表情で、知弦さんと俺を交互に見る奏さん。
やがてその表情は和らぎ、ゆっくりと口を開く。
「知弦は、自分と貴方は同じ、と言いましたよね。なら、もう貴方は、その意味が分かっている筈です」
「……自分の過去でうじうじするのは馬鹿らしい、ですね」
その言葉を聞くと同時に、奏さんは、知弦さんを見て微笑んだ。
知弦さんも、それに応え、俺に言った。
「どうせなら、過去をちゃんと受け止めてあげないとね」
少し表情に明るさが戻った知弦さんは、心から、笑っていたんだ。
「……知弦さん、奏さん。俺……もうちょっと、自分で考えてみます」
「……キー君。……そう、分かったわ」
知弦さんが不安そうな声を向けながら、奏さんもこちらを見つめる。
「俺は……自分で答えなきゃいけないんです。自分の問いに、自分の答えで」


そうだ、俺は、まだ迷っている。
だけど、知弦さん達は、過去を振り返るというヒントをくれた。
その過去を引きずらないで、ちゃんと受け止めてやらなければならないことを、教えてくれた。
正直、俺の心は、ほんの少ししか癒えなかったのだと思う。でも、そのほんの少しはきっと、凄く暖かい"ほんの少し"だ。
やはり、心が楽になって行くのを、ひしひしと感じる。
「……キー君、こっち、いらっしゃい」
「は、はい……何ですか、知弦さん」
聞き様によっては、アルファベットの十九番目な雰囲気が漂うのだが、この状況でそれは、多分有り得ない。と、切実に願う。
「……キー君。私の心の中の、氷を溶かしてくれて……ありがとう」
すっ、と立ち上がる知弦さん。
「な、何ですか急に。知弦さ――」

その時、何かが、俺の左頬に触れた。

「ん……え? あ、知弦……さん?」
何が起きたのだろう。知弦さんが立ちあがって、俺を抱き寄せた、そこまではいい、というか、イイ。
で、知弦さんは何をした? いや、何をしている?
何だか左頬に、甘酸っぱい記憶が蘇りそうな、何と言いますか、非常にファンタスティックな感触が広がっております状態なんですけど。
状況が確認したいので、取りあえず奏さんに視線を向けて……ちょ、ちょっと、何で顔を少し赤らめてるんですか、貴女。
え、何。やっぱりこれ、あの展開!? え、嘘、俺やっぱりされてるよねっ!? キス、されてますよねっ!?
い、いや、口じゃないけど、つまりですよね、左の頬に広がるこの感触は、やっぱりそうなんですよねぇっ!?
え、嘘何で、何で知弦さんが、俺にそんな……いや、それよりもこれ、凄ぇ恥ずかしいんですけど! 俺の知弦さんへの高感度とともに、血液沸騰のパラメータも一気に上昇中ですよこれ!!

「……行ってらっしゃい、キー君」

「こ、この状況で行ってらっしゃいですか……いや、この際深く考えるのはやめておきます」
「ふふっ、それでこそキー君よ。それじゃ、頑張ってね」
「はっ、はい! 杉崎鍵、飛びますっ!!」
の、掛け声と共に、ドアを開け「ありがとうございました!」と言い捨て、俺は、室外へ駆けだした。
少しだけ、希望を見出せた気がする。でもまだ、根本的な解決にはなっていない。
だけどもう、ハッキリしてるんだ。俺の答えは、俺自身が出す、それだけだ!

「どうだった? キー君は」
「……聞いていた通りの子だった、かな」
「でしょ? それに、私のお気に入りだもの」
「ふふっ、知弦も案外、大胆だよね」
「あっ、あれは、その……ほら、さっきも言ったでしょう、自分の過去でうじうじするのは馬鹿らしいって」
「照れてる照れてる♪」
「てっ、照れてないってば……」


《椎名深夏視点》

「お姉ちゃん……」
「悪い、真冬。ほんの少しだけ、一人にしてくれないか」
「…………うん。……分かった」
渋々と了解すると、真冬は教室の扉を開け、途端に周りが静かになった。
手が痛い。でも、痛くない。こんなもの、鍵の痛みに比べれば関係ない。
あいつは、飛鳥と林檎ちゃんとの過去を、見て見ぬふりはしなかった。
むしろ、その過去と立ち向かったんだ。真正面から。
あいつは強い……強すぎる。
「……あいつは、やっぱり凄い奴だよな」
そう、あいつは凄かった。あたしには到底辿り着けないものを持っているから。
でも、全部が凄いという訳じゃない。弱いところだって沢山あるんだ。
あいつは凄かった。確かに凄かった。けど、完璧ではなかった。
だけど、やっぱり鍵は強い。なら、そんな鍵を受け入れる覚悟を決めたあたしが、こんなに弱くてどうするんだ。
こんなに弱気なあたしを見たら、鍵はどう思うんだろう。
いつもの熱血キャラを重ねて、軽蔑されてしまうだろうか。
いや、そんなことはあり得ない。だって、他でもない鍵だから。
「……真冬」
ドア越しに、妹へ話しかける。
「……何、お姉ちゃん」
障害物を通じた声のせいか、いつもの真冬ではないような気がした。
これも、あたしが怯えている証拠だろうか。
「あたし……いや、あたし達はさ。鍵と、上手くやっていけるかな」
「……そんなの、分からないよ」
多少否定的に、真冬が発言する。
「でも……それでも、出来ない訳ではないと思う」
「……?」
「真冬はお姉ちゃんも、鍵先輩も大好きだよ。だったら、皆それと同じだもん」
「……真冬?」
「真冬達が鍵先輩を好きでいれば……きっと鍵先輩も、真冬達を好きでいてくれる。それだけだよ」
……真冬。強くなったよな、お前も。なんて、やっぱり直接言うには恥ずかしすぎたので、敢えて言わないでおく。
「…………。……分かったよ、真冬」
「……決心、できたんだね」
「あぁ。お陰様で、な」
「お互い様、だよ」
「本当、良い妹を持ったもんだ」
断じて、断じて百合な展開には縺れ込まないが。
「それも全部……鍵先輩のお陰だよ」
けど、きっと……それが、杉崎鍵という存在、そのものなんだと、あたしは思う。
「お姉ちゃん、行こうっ?」
「真冬……あぁっ! 行こうぜ、あいつの所へっ!」



  • 最終更新:2010-09-27 18:41:08

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