Kさんの小説6-9
《杉崎鍵視点》
タッタッタッタ
一定のリズムを刻みながら、俺は階段を駆け下りている。
答えを見つける為に、とにかく俺の出来ることを探しに。
「そこの変態! ちょっと止まりなさい」
「ハイヨー!」
「ちょっ、飛ばしてないで止まりなさいってばぁ!」
誰だ、この主人公精神に近づいている俺を引きとめるのは。
「全く杉崎は……」
会長だった。
「どうしました、会長」
「ちょっと飲み物を買ってきたのよ」
「コンビニにでちゅか? えらいでちゅねー」
「食らえぇっ!」
ドスッ
「イ゙エ゙アアアア!!」
こっ、これは良いビンタが決まった……ビンタの音では断じてなかったが。
「毎回杉崎は、私のこと子供扱いして……。私だって、成長期がくればすごいんだよ! 大人だよ! ボインボインだよ!!」
「何……だと……っ!?」
身長が高くて、胸が大きい会長……。
「想像……できないぃっ!!」
「そんなに酷かなぁ、私の成長図っ!」
「はい」
「うっわ。すごくドライな返事!」
「いやぁ……。……可愛いなぁ、会長」
先ほどの件を思いだし、少し声を曇らせてしまう。
「……杉崎」
「は、はい! 何でしょう、会長!」
「…………」
何だか、会長から猛烈に暑い視線が送られてきているっ!
「これは……事件の匂いがするわね」
「事件っ!? 俺はただ、知弦さん達と会話してただけですけど」
「事件は現場で起きてるんじゃない、生徒会室で起きてるのよ!」
「どうして生徒会室に血が流れるんだっ!」
いつの間にか、心踊る大捜査線ごっこに辿り着いていた。いや、むしろ終点だろうか。
「……そう言えば、会長」
「ん、なぁに?」
「深夏と真冬ちゃん、見ませんでしたか?」
「……それは……」
「会長、教えてください。俺は、あの二人に会わなきゃいけないんです!」
「……ごめんね、杉崎」
「会長……」
「実は……本当に知らないんだよねっ!」
「このお子様会長がぁああああああああああっ!」
本当にいつもの会長だった。会長すぎる。
「……ぁ」
「? どうかしましたか、会長」
会長が不思議そうな視線を俺に向けてくるので、声をかけてみた。
「杉崎……泣いてるの?」
「えっ……あぁ、これ。あれですよ、雨です」
「……誤魔化さなくても、良いよ。杉崎。辛いのは、皆同じだから」
「……へ?」
急に何を言い出すんだ、会長。何だか、貫禄のようなものを感じます!
「あのね、杉崎」
「……はい」
会長は息を大きく吸い、その小さな胸を張り、そして言った。
「男の子が泣いちゃいけないなんて、誰が決めたの?」
「……それは、分かりませんけど」
「泣いたって……良いんだよ。私はそんなことで、杉崎を拒絶したりしない」
「会長……」
「なら……生徒会の皆が、それで杉崎を拒絶すると思う?」
「…………」
「ハーレムを作ろうとして。過去の悲しみを思いだして……それで逃げ出して」
「っ!」
「でもそれで……杉崎を嫌いになる人なんて……誰もいないよっ!」
俺の心の中にズカズカと歩み寄る会長。
恐怖が、俺の体を支配する。だが、それと同時に、何かに包まれたような感覚もしていた。
「私は……碧陽学園生徒会長、桜野くりむは……杉崎鍵のことが、大好きですっ!!」
「なっ!?」
「もう、私だけ結論から逃げるのは、駄目だってわかったもん。私は、逃げないよっ」
「かっ、会長……」
それは、急激な出来ごとだった。
「……うぅ、やっぱり言わなきゃ良かった」
そして、一瞬で後悔されていた。
「……あの、会長」
「……何よ?」
頬をふっくらさせ、少し赤い顔で問い返す会長。
「……俺の事、待っていてくれますか?」
「えっ……」
会長は、戸惑った様子で、というか戸惑って、俺をずっと見つめる。
瞬き一つとしない、会長の目は、困惑、そして嬉しさを帯びたような目だった。
「……うん。待ってる。ずっと……待ってます」
俺はその言葉を聞いたと共に、豪雨の世界へと駆け出した。
先ほどの、自分を追い込み、如何しようも無くなっていた俺の心を映しているかのような雨は、未だ嵐のように振り続けている。
昨日流した、そして、昨日の空に閉じ込めた涙が、今になって降りだしたとでも言うべきだろうか。
そう思うと、余計に怖くなってきた。これは紛れも無く、悲しみの涙だった。あぁ、昨日見た夢は、こう言うことだったんだな。
俺はどうすればいいのだろうか。俺の心は、すぐに黒く染まっていた。
守りたいもの、その想いだけがぶつかり合う。
俺は深夏が好きだ。時に俺を厳しく叱ってくれて、そして俺に心を開いてくれた深夏が、俺は好きだ。
俺は真冬ちゃんが好きだ。誰よりも男嫌いなのに、俺を受け入れてくれた真冬ちゃんが、俺は好きだ。
そんなこと……誰よりも俺自身が分かっていた筈だ。
分かっている、だから守りたい。守りたい……守りたいのに……。
ネガティブな心が、俺を支配する。
それは、心に弱い自分を持っている、そんな感覚だった。
『所詮、お前はただの餓鬼だ』
そうだ、俺はただの餓鬼だ。
『世紀末の救世主でもなければ、エロゲの主人公でもない』
そうだ、俺はどこにでもいる普通の男だ。
『お前は最後まで諦めなかった。だが結局、ハーレムを作ることなんて出来やしなかった』
そうだ……俺は頑張ったよ。それでも俺は、全国男子の栄光である偉業を、成し遂げることは出来なかった……。
『もう諦めてもいい。これは、お前のせいじゃない』
ここで諦めていいのか?
偉業……いや、俺の夢を。
『何故そうまでして届かない夢に縋りつく?』
分からない……。
本当にそれが、俺の夢だったのかも分からない……。
自分自身と対話をしているだなんて、皆が知ったらまた妄想がどうだの言われるんだろうな。
会長に「こら杉崎、別次元にトリップしないのっ!」と言われる自分が目に浮かぶ。
やっぱり……楽しいな、生徒会は。そう思うと、自然に笑みが零れる。
守らなければならない。
その為には、選ばなければならない。
俺にとって、これ以上に辛いことは無かった。
大切な二人の存在。大切な二人との、生徒会での大切な時間。
ずっと消えてほしくなかった記憶。
それは、あまりにも美しく、そして……儚すぎた。
ずっと、消えてしまわないように、壊れてしまわないようにと祈っていた。
俺の心の中の二人は、いつか俺の中だけで、褪せてゆくのだろうか。
俺を支えてくれた皆の存在も、俺自身の雨で、色褪せてゆくのだろうか。
「これじゃぁ……前と同じだ。何も変わらないじゃないか……」
前と同じ。
そう、何も変わっちゃいなかった。何も成長しちゃいなかった。
脳裏を過ぎる、林檎と飛鳥の影。
俺はどちらかを選ぶことができなかった。
きっと今回も……選ばなければ、同じ末路を辿ってしまう。
俺はまた女の子を……傷つけて、しまうのか……っ!?
守り抜くと誓ったあの生徒会を……俺自身の手で壊してしまうのか?
そうやって俺はまた……一つも守れないまま……終わってしまうのか?
嫌だ……そんなのは絶対に嫌だった。
そんな心情の変化でダメージを受けてしまったのか、足を踏み外し、俺はガクリと身体をコンクリートに任せた。
「……冷たい」
長時間雨を受け続けたコンクリートは、すっかり冷え切っていた。
「駄目だ……意識が……」
無論、今にも降り注ぐ雨は、俺の体温を着実に奪っている。
そのせいか、徐々に瞼が閉じてゆく。
「折角会長達に背中を押してもらって……立ち直れたと思ったのにな」
それほど、俺の心はネガティブシンキング状態だった。
もう、身体が動かず、考えることすらままならない。このままじゃ、何の解決にもならない。
朦朧とする意識の中で、悲しみと絶望が逆巻く俺の心は、完全に腐りきっていた。
だが、何だろう、この気持ちは。
意識が遠のく反面、俺の体は無意識のうちに立ちあがっていた。
『諦めるな、諦めるな、杉崎鍵』
そう、諦めない。その言葉が、俺を突き動かしていた。
俺には仲間がいる。俺を支え、俺を笑顔にしてくれる。そして、俺が心から笑顔でいてほしいと願った仲間が、生徒会が!
俺は生徒会の皆を笑顔にしてっ……あの変わり者姉妹を大事にすると誓ったんだっ!!
そうだ……俺は何があってもめげないっ!例えどんなに嫌われようとも。例えどんなにデレてくれなくとも。
俺の心に宿るしつこさ、執念深さ、松○修造っ!!
そうさ……俺はしぶといのさっ! 俺はエロゲ大好き青年、杉崎鍵だっ!!
しぶときことGの如し!! カサカサカサカサ……。
地面でGの如くカサカサと這いずり回る様を、淡々と雨を降らし続けている雲だけが見ていた。
と、思いきや……。
「なっ……何か、カサカサしてるのが居るよっ!?」
「真冬、新聞紙取ってこい」
「うーん……無さそうだよ」
「よし、仕方ね―からこのままいくか」
その時、パイルバンカーもビックリな速度で何かが……。
キュィィィイイイインッ!!
「あべしっ!!」
拳がMIZO☆OTIにクリーンヒットォッ!!
今、とても生身の人間から出るとは到底思えない轟音が……あぁそうかこの子、人間じゃないもの。
いや、これは冗談抜きで死ぬ。
「全く、道の真ん中でカサカサしているとは……何てシュールレアリズムだ」
「真冬、鍵先輩が遂に壊れたのかと思いました。それはもう色んな意味で」
「たった今身も心も壊れたよっ!!」
「鍵は放っておくとGになるのか……要注意だな」
「注意も何も、たった今粉砕されましたけどね。えぇ」
「バルサン焚かれなかっただけ、マシだと思います」
「今着目すべき点は、俺がバルサンで用意に昇天する生物だと思われていることなんじゃないかな」
俺が粉末になるということは、きっと遠くない未来なのかもしれない。
「そんで、答えは出たのか?」
深夏が何時も通りの態度で尋ねる。それに続いて、真冬ちゃんも口を開いた。
「先輩の気持ち、聞かせてください」
俺の気持ち、か……。
ゆっくりと空を見上げ、雨が降っているのだ、と再認識する。
ふと、二人は濡れて風邪をこじらせていないだろうか、と心配になり、慌てて二人を見る。
何だ……傘、差してるじゃないか。
すると俺は、二人がさしている傘を見て、俺はやっと実感できた。
俺はきっと、心に降る雨滴を、傘で弾いていたんだな、と。
そうやって俺は、心に壁を作って……ずっと二人から逃げていた。
降り注ぐ運命から、逆流する運命から、逃げていたんだ。
でも、もうそんなことも無い。
そんなことを心配する必要も無い。
ボロっちぃ俺のビニール傘は、俺自身の手で閉じることが出来た。
これでやっと……運命の雨を受けることができる。
「……ねぇ、二人とも」
「何だ?(何ですか?)」
「俺は、やっと選ぶことが出来たよ」
『…………』
「きっとこの選択は……間違いだと思う」
そう、間違いだ。
「でもね……これが俺の、俺自身の……俺らしい選択だと思ってる」
「……鍵」
「鍵……先輩……」
「やっぱり俺は、深夏と真冬ちゃん、二人を選ぶよ」
『っ!!』
「……はは、やっぱり……間違ってるって思うか?」
「鍵……お前……」
「でも……後悔しないよ、俺は」
そう、後悔はしない。
「深夏は……弱い自分から逃げてる、って言ってくれたよな。だから俺は、二人を守れるくらい、強くなってみせる」
「真冬ちゃんは……運命を変えられない、と言っていたよね。だから俺は、俺自身のやり方で、運命を変えてみせる」
『…………』
「ちょっと違うかな……うぅむ……」
やっぱり、こんな台詞は似合わないようだ。
だが、これは台詞ではなく、心の声でもある。
それを率直に、そのままお届けすると、きっと……こうなると思う。
「弱い自分でもいい。その弱さを受け止め、誇りに思う。二人のことも、弱い俺が、弱いなりに別の方向へ導く」
弱さを認めて、いつか本当の"強さ"を心に持つ男になってみせる。絶対になれる。
「だって運命は……」
大きく息を吸い、二人に、そして空に向かって、俺は大きく声をあげた。
「だって運命は、この手で切り開くものなんだから」
「……ふっ、ふふっ……ふふふふ」
一見不気味だが、とても優しい笑顔でニコニコとする真冬ちゃん。
「……ぷっくく、くくっ、くぁはっはははは」
どう見ても悪役だが、これまた良い表情で笑う深夏。
「鍵、お前って本当に馬鹿だなっ! あっはっはっは!!」
「先輩は、やっぱり鍵先輩ですねっ!」
「…………へ?」
「先輩ならきっと……その道を選ぶと、選んでくれると思っていました」
「とっくに分かってんだよ、そんなことっ」
分からない 言ってる意味が 分からない
杉崎鍵心の一句。
「えっと……ドユコト?」
「鍵が、どっちかを捨ててどっちかを選ぶなんて、出来るわけないもんな」
「その件でどれほど頭を悩ませたことか」
「でもきっと……心の中では、既に答えが出ていたんじゃないですか?」
答え。それはきっと、既に分かっていて……ただ、その答えを見つけることができていなかっただけだった。
「そう、かも……しれないね……」
その答えを二人が、生徒会の皆が、思いだすキッカケを作ってくれた。
「頑張れよ、ハーレム王さん」
「頑張れ、です」
最後まで、俺自身の手で決着を付けられるようにしていてくれた。
「ありがとう。深夏、真冬ちゃん」
「うわ、何か鍵がこうなるといっそ気持ち悪いな」
「この状況で言ってくれるぜコノヤロー!」
「気にしちゃダメですよ、鍵先輩。二次創作作者が先輩の名前を"かぎ"と書いて変換するのと同じくらいの要領でスルーしましょう」
「それ、ドラマCDでも言ったけど、気にする以前に俺の人権の問題だと常々思うんだ。うん」
攻略しても、侮れない姉妹だった。
だが、俺は誓ったんだ。二人を守ってみせると。
だから俺は、まるで公約を交わすかのように(事実的に公約)高らかと宣言する。
「俺は二人に、いや皆に、膝の取り合いをされるような、立派な男になってみせる!」
「その内、財産の取り合いになるけどな」
「物騒! 取り合いから連想出来るワードが物凄く物騒っ!!」
まさか膝から財産への発展があるとは予想外だよ、ワト夏君。
侮れないというより、油断した時点で昇天させらせそうな姉妹だった。
「まぁ、でもあれだな」
『あれ?』
二人して疑問のクエスチョンマークを浮かべているので、俺が分かり易く、大胆に口を開く。
「いやぁ、やっぱり二人とも、俺にゾッコンだったと言う訳か」
ギュィィィイイイインッ!!
「本日二度目の拳in MIZO☆OTIっ!? ご来店誠に有難う御座いますっ!!」
俺はまたもや、その冷たいコンクリートに倒れ込んだ。
「よし、死んだか」
「やったね、お姉ちゃん」
「ちょっと待てそこの美少女姉妹」
「……あれ?」
ふと空を見上げ、先ほどとは違う何かに気付く。
「先輩、どうかしましたか?」
「いや……雨が、さ」
「雨? ……おぉ、本当だ。すっかり晴れたな」
「綺麗、です」
椎名姉妹が、二人して空を見上げる。綺麗というのもその筈だ。何故なら、先ほどまで大雨だった空は、恐ろしいまでに快晴になっていたからだ。
「……何だか最近は、天気がおかしい気がするな」
「まぁ、今に始まったことじゃないけどね……」
どこのコネ原さんだ。どこの。
「そういや、こうも大雨の後に晴れると、あの日のことを思い出すよな、真冬」
「あの日? ……あぁ、あの日、ね」
「えっ、えっ? 何その伏線」
「いや、伏線じゃねーけどな。前の休日に東京に行ったんだ、あたし達。んで歩いてたら、大量の女子に取り囲まれて、サインがどうこう」
「いつのまにテレビデビューしやがりましたか」
「いや、してねーけど……あっ」
「ん?」
「そういやあたし達、巡の密着取材でテレビ映ってなかったか?」
「…………」
忘れもしない、中目黒の愛の叫び。いや、ぶっちゃけすぐに忘れたい。
「……まぁ、それなら仕方ないかもな。真冬ちゃんも一緒に居たなら、取り囲んだのが男じゃなかっただけましだ」
「そっ、それは確かに……でも、お姉ちゃんと二人で出歩くときは、結構声かけられたりしますよ、男の人に」
「何……だとっ!?」
「あ、いや、ナンパはないですけど……」
「ふむ……。でも、やっぱり美少女二人で出歩いてると、されたりはするんじゃないのか?」
「たった今、な」
「えぇっ! 俺、二人と愛、誓いあったよねぇっ!?」
いきなり人生を左右する宣言を撤回させられた。
「それは置いといて、真冬達はそんなこと、一度もありませんよ」
「それ、置いとくんだ……まぁともかく、世間は何故二人の可愛らしさに気付かないんだろうね」
「まぁ、そう簡単にナンパする男が居るとは思えないけどな。せいぜい「やぁ、そこのベイビーたち。僕の諭吉君が、君達の懐へル○ンダイブしたがっているよ!(性的な意味で) 彼も一人の男さ。勿論、僕もね。君達の匂い、そして汗が染みついた衣類と交換だっ!」くらいだな」
「空前絶後の勢いで迫られてますよねぇっ!? そして彼、勇者すぎませんかねぇっ!?」
「ユニークですよね」
「その四文字で片づけるのっ!? きっと彼にとっては、重大イベントだよ!?」
この世界に、リアル花輪君がいるとは思わなんだ。
「……で、その後、花輪君は?」
「A☆HA☆HAと笑いながら、執事服着たおじさんに連れてかれたけど」
パラレル……ワールドッ!!
そんな他愛も無い話をしながら、俺は、俺達は、歩いて行く。
こうして碧陽に歩く道は、いつも俺に、あのことを思い出させてくれる。
俺をこんな立派な……いや、マシって言ったほうが良いだろうか。
とにかく、俺がこんな奴になれたのも、全ては生徒会が始まりのだと。
そう、俺の道は……この碧陽学園生徒会から始まったんだ。
春に彼女に出会えて良かった。彼女に出会わなければ、俺は、前を向かなかった。
夏に彼女に出会えて良かった。彼女に出会わなければ、俺は、腑抜けたままだった。
秋に彼女に出会えて良かった。彼女に出会わなければ、俺は、人知れず潰れていた。
冬に彼女に出会えて良かった。彼女に出会わなければ、俺は、強さを履き違えていた。
俺は二人に出会えて良かった。二人に出会わなければ、俺は、選択を見誤っていた。
俺は彼女達に出会えてよかった。彼女達に出会わなければ、俺は、大切なものを守り通すことが出来なかった。
「鍵先輩。手、繋いでもいいですか?」
「ん、じゃぁ、あたしも」
そう言って俺の両手を片方ずつ握る椎名姉妹。
おっ、おかしいな……深夏が握ってる方の手が凄く痛い気が……何も言うまい。
「どうしたんだ、急に」
嬉しいのだが、急なことだった故、少し動揺してしまう。ついでに痛みも。
それを知ってか知らずか、さらに俺の心を揺れ動かすような事を平然とやってのける姉妹がここに居るわけで……。
やっぱり、この二人はそう言う二人なんだな、と思い知らされる。
だからこそ、俺はこの二人を絶対に幸せにして見せると誓った。
もう、絶対に涙は流させない。
もう、絶対にこの手を離さない。
この儚くも美しい二つの雫を、もうこの手から零さないようにする。
全てがどうでもよくなってしまうくらいの――
「女のワガママって奴だっ!!(ですっ!!)」
とびっきりの笑顔で俺を支えていてくれる、大切な存在を。
~エピローグ~
その後年が変わり、三年生の卒業式と共に、俺を支えてくれた沢山の人は皆、別の場所へ行ってしまった。
宇宙兄弟は、巡の仕事の都合で上京。地元のローカル番組に出ることは少なくなったのだが、それでも週に一度は、兄弟揃って碧陽にお邪魔しに来ている。
奴(意味深な表情)とは色々と張り合ってきたが(劇画タッチ)、最後は、営業スマイルとは思えないような笑顔で、俺の前から意気揚々と飛行機に乗って行った。
別れ際には、『杉崎のと一緒に入れて、結構楽しかったわっ!』などと、顔を赤らめて言っていたよ。
どんだけ俺のこと嫌いなんだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは……と、改めて実感させられた。ま、そういうのも嫌いじゃないけどな。
守が、最後、『俺の分まで深夏のこと、頼んだぞ』などと抜かすものだから、あまり深く考えず、当たり前だと答えてやった。
嬉しさと悲しさが混じったような複雑な顔だったが、最後は巡同じく笑顔で俺と別れを告げ、姉の後を追って行った。その後ろ姿は、何かを成し遂げた英雄のように感じられ……無くも無かった。
俺は何だかんだであいつらには世話になった。そんなことを思いつつ感謝の印として奴の鞄に、バイト先である例のコンビニのホカホカの生姜焼き弁当を二つ入れておいた。
今頃、いい感じに冷めているのは言うまでも無い。
因みに二年組は、中目黒も『今度は逃げないで、真っ直ぐ前を見て歩いて行くよ』と決心を付け、転校前の高校へ戻った。
……と思ったら、一日立たないうちに帰ってきた。
本人曰く『え? 挨拶に行っただけだよ?』とのことだそうだ。
くそう、何だこの安心感は! 何故あの時、安著の息を漏らしたんだっ! この感情は、何なんだぁあああああああああああああっ!!
えぇ、コホン。
そしてリリシアさんとエリスちゃんは、卒業に準じてカナダ留学するそうだ。
相変わらずオカネモッツィーのやることは違うね、うん。
しかし別れ際の、エリスちゃんが残した『にーさま! エリス、すてきなじょせーになってかえってくるっ!!』宣言は、三日三晩痛い目で見られるという驚異的な破壊力を持っていた。
しかもリリシアさんは『杉崎鍵がロリコンだと言う事を、全世界に広めて見せますわっ!!』と言って、何処からともなく現れたジェット(恐らく自家用)に乗って去ってしまう。
相変わらず新聞部魂剥きだし何ですね、貴女。
そして不可抗力です。
そして、さり気なく俺達を支えていてくれた、生徒会の顧問、真儀瑠先生。
先生は、何だか音も無く去ってしまった気がする。
聞いた話では、枯野がどうとか、企業がどうとか……あ、新しい企業(就職先)が見つかったのだろう、そうに違いない。
私、杉崎鍵は、何も存じ上げません。えぇ。
もちろん、生徒会のメンバーも……。
会長は、俺と知弦さんの教え(ほぼスパルタ)のお陰か、同じ大学へ進むことが出来たようだ。あの会長が。
因みに二人の通っている学校には、奏さんもいると言う。
あの二人、アカちゃんコンビと仲良く出来れば良いな、と思っていたが、要らぬ心配だったようで。
二人は謎のSっ気で意気投合しているらしい。会長を未だにアカちゃんとして弄っているようだ。
そっちの意味でも、結果的には仲良くなれているようだ。あの三人組は、良いグループなるだろう。
深夏と真冬ちゃんは、一緒に内地に来ないか、と言っていた。
だけど、俺は行かなかった。ここに残る選択をしたんだ。
この生徒会をより良い生徒会にして、皆の帰ってくる場所を守っていたいから。
やっぱり、二人との、生徒会メンバーとの思い出が残るこの場所が、とても大切だった。
それと、後の連絡では、飛鳥の居る学校が転校先だったらしい。
とりあえず、飛鳥の毒牙から逃げるよう、そして、林檎に宜しく頼む、とも伝言を残しておいた。
そして、その年の夏。
一般的に、夏休みと呼ばれる大型連休。
俺にとっては、溜まりに溜まった雑務をこなす時間であり、これからは、とても貴重な時間となる。
「杉崎君、仕事、終わったよ」
「おぅ、サンキュ、中目黒」
今現在、碧陽生徒会は副会長が、中目黒、そして二年生。
書記、会計は、今年入ってきた一年生が担当している。
そして、生徒会長は何を隠そう、この俺、杉崎鍵だ。
とは言っても、今仕事をしているのは、俺と中目黒だけな訳だが。
「そう言えば中目黒、巡達が帰ってくるのはいつだ?」
「明後日だね。僕は空いてるけど、杉崎君は?」
「いや、明後日なら問題ない。全然OKだ」
「そっか、皆が来るのは、明日だもんね」
「あぁ。楽しみすぎて仕事が手に付かないぜ」
「それは非常に困るよ、杉崎君……」
そう言って中目黒は『ふぅ』と嘆息し、いつものように、気分転換として窓の外を眺めていた。
「ま、あの人達のことだ。きっと一日早く来てやったぜ、みたいな展開もあり得なくはないだろうな。一応出迎える準備はしてある。抜かりは無い」
「ふふっ、さすがだね……あれ?」
「ん? どうした、中目黒」
中目黒が、窓の外に何かを見つけたようだ。
「……その読み、案外当たってるのかも」
「へ? 正解?」
「いや、何でもないよ。僕、ちょっと散歩してくるから、そっちの書類、ついでに持って行こうか?」
「おぅ、サンキュ」
「それじゃ、行ってくるよ」
「いってらっさい、っと」
中目黒が去り、この生徒会室に、俺以外の人物は居なくなった。
静けさと、この部屋の懐かしさが、去年の事を、しみじみと思い出させる。
「アカちゃん。気合い入ってるのは分かるけど、そろそろ行くわよ」
「うっ、うん! もうちょっと待ってぇっ!!」
「おーい。真冬、起きろ」
「んっ、うぅん……後372分」
「六時間十二分だと……っていやいやいや、着いたぞ起きろっ」
「うぅん……ここは誰、真冬はどこ?」
「何か色々ごちゃごちゃになってるぞ、真冬。って……あーもう、髪乱れてんじゃねぇか。折角あいつに会うからって整えてきたのに」
「ごっ、ごめん。この自分を主張したがる寝癖が……って、お姉ちゃんも後ろ、跳ねてるよ」
「何……だと……っ! まっ、あたしはそのままってことで問題ないだろ、うん」
「……その自信は、どこから来るんだろう」
俺は……。
「おーい、二人とも~!」
「あっ、会長さんっ! 知弦さんっ!」
「お久しぶりです、二人とも」
「えぇ、久しぶりね」
皆の中心が似合う男になれただろうか。
「ん? でも……会うのは明日だったんじゃ?」
「あたし達が一日早く来そうな性格ってことくらい、あいつも分かってんだろ」
「そうね。それに久々だし、彼も喜ぶと思うわ」
「うんっ! じゃぁ、行こっか皆っ!!」
『おー!!』
今度こそ、過去と向き合い、皆をちゃんと守り抜けるだろうか。
「うーん! 久々ね、碧陽学園!」
「近くに居ても、あんまり来る機会、無かったしね」
「しっかし全然変わってねぇな、ここは」
「もっと変わってない人もいるみたいですけどね」
不安といっちゃ不安だ。……だけど。
だけどそんなものは、後で考えれば良い。
ガラッ
何故なら、今は……。
『ただいまっ!!』
今はただ、俺を必要としてくれる人達を、大切にすればいいのだから。
「お帰り、皆!」
―――END―――
参考情報
2010/08/14(土) 18:10:24~2010/08/14(土) 19:21:38で118レスで投稿。
Kさんの生徒会の一存のエロ小説を創作してみるスレでの6作品目。
- 最終更新:2010-09-27 18:48:27